第5話 悪魔ゴーティオンはかく語りき
「確かドグネク族の者……、バロックか」
その、山羊の頭骨らしき形の金属光沢がある装飾具を被った、背の丈2.5メートルはあろう、闇の塊が答えた。バロックはどうやら知り合いの様子で、目の前の悪魔の名前をゴーティオン、と呼んだ。ただ、不思議なことに、恐ろしい外観に反して、恐怖感がそれほど湧いてこない。むしろ、漂ってくる麝香のような香りを嗅ぐと、バロックの頭を撫でているときのようにうっとりし、落ち着いた話し声からは安心感が漂うほどだった。
「はーん。まっさかオマエがこんな辺鄙な島にいるとはなあ。
バロックが得意げにパワーワードをねじ込んできたのを遮るように、モディウス神父様がゴーティオンと出会った経緯を話しはじめた。
「…この悪魔は、守秘義務のため場所は伏せるが、そもそも悪魔祓いの依頼を受けて私が退治しにいったものだ。だが、こやつは見ての通り大人しい。この風貌のため村人から忌み嫌われ、追い立てられた廃屋の中でうずくまっているのを、封印したという体で連れ帰ったのだ」
「けれど、聖職者であるあなたが、何故悪魔を庇うようなことを……?」
「そうだな……」
神父様は異国の地を見ているような遠い目をして、私に質問を返した。
「君は、なぜその悪魔と一緒にいるのだ?」
「私は……」
私はバロックを見た。まだ出会ってから二日しか経っていない筈なのに、ずっと昔から何年も一緒に過ごしているような、奇妙な錯覚を感じる。
「おそらく、君と同じような理由だろう。私はコーヒーや煙草といった、嗜好品を好む。こいつの麝香のようなこの薫りがな。手放そうにも最早、自分の一部のようにすら感じられる。不思議なものだ。有り体に言えば、魅入られてしまったのかな」
神父様は半ば自問自答するように、そう答えた。ゴーティオンが追随する。
「……下界の生物たちは、私の姿を見るだに恐れ慄き、逃げるか、石を投げてきた。生物の願いを叶えることすら叶わず、打ちひしがれていたのだ。だが、この男は違った。私は、この男の望みを叶えてやりたい……」
ゴーティオンが内情を吐露すると、バロックは「ギャハッ!」と一笑に付した。
「えぇー真面目かよ! そこまでしてやる義理ないっしょ~!」
「こ、こらバロック! ……もう。話の腰を折ってごめんなさい!」
「なんでオマエが謝んだよ。保護者か!」「そうだよ! 子供みたいなんだから!」
「ムキー!」「何よ! この~!」「オレ様のほっぺを引っ張るな―!」
「……おまえたちは仲が良いな。羨ましいものだ」
「ち、違います!」「なんでこんなのと!」
神父様はフッと笑った。
「君たちならば手を組んでも良さそうだ。……どうだ、情報交換しないか。来る『王の儀式』に備えて、休戦協定を結び、協力体制を取るのだ。私たちは悪魔と共に過ごすこと自体が目的、ならば利害は一致している筈」
「え、……『王の儀式』って……なんですか?」
私は初めて聞く単語の前に、きょとんとした顔をしてしまった。
「まさか、そこの悪魔、何も話していないのか?」
「『王の』……? ああ、そういえばそんなんあったな! 忘れてたわ。ギャハッ、ハハ……ハ……」
その言葉をバロックが発した瞬間、場の空気が凍りつき、ゴーティオンから初めて威圧的な空気が発せられた。さっきまで白かった目の輝きが、真っ赤になっている。あちゃー……。完全に怒らせたパターンだ。さっきバロックが小馬鹿にしたのとで、併せ一本といったところだろうか……。
「……バロック、貴様……。まさか、娘の『願い』はまだ叶えていないだろうな。『王の儀式』について話す前に『願い』を叶えるのは、騙しているのと同じ。完全にルール違反だ……」
「あのー……」
私はおずおずと右腕の袖を捲くってみせた。そこにはしっかりと、バロックに『願い』を叶えてもらった証、バロックの紋章が刻まれている……。
「『第1の願い』、叶えちゃいました……」
「……、バロックめ、神聖な儀式に泥を塗りおって……、許せん……!」
「ま、待って! ゴーティオン! だ、大丈夫だから! ね!」
私はバロックを抱きかかえて、ゴーティオンを静止した。
「参加するから! 『王の儀式』! 私がバロックを守ってあげるから……」
「ってちょっと待てオマエ! なんでオマエがオレ様を守るんだよ! 逆だろ逆! オレ様がオマエを守ってやるって……」
そこまで言ってバロックは失言に気づいて赤面し、それから先は何も言わなくなってしまった。頭の天辺から湯気が立ち昇っていてだんだん熱くなってきた。その様子に、ゴーティオンは毒気を抜かれたようだ。
「……上の世界でも有名な面倒くさがりで、誰にも手を貸そうともしない貴様が……そこまで言うのなら……いいだろう。その言葉、努々忘るな……」
「ハハ、良かったね……。ありがとう、ゴーティオン」
「……変わった娘だ」
ようやく場が落ち着いて、神父様がいつの間にか火を点けていたシガレットの煙をフウッと吐き出しながら、金属山羊の悪魔に一つ提案をした。
「もう、よいかね。状況はよく分かった。ゴーティオン、そこの白饅頭に代わって、この娘に説明してやったらいいんじゃないか」
「……承知した」
「お願いします」
「……かい摘んで伝えるが。『王の儀式』とは、神の命を受けた7体の悪魔が、地上の生命の進化を促すため、『7人の宿主』を選び、それぞれの『願い』を叶えてやることだ。なお、悪魔ごとに『願い』を叶えられる数は異なっており、それを『悪魔数』と呼ぶ……」
また新要素が増えた。
「ふーむ。悪魔が願いを叶えることのできる数。『悪魔数』か。――悪魔が7体いるというのは初耳だけど、『宿主』が願いを叶えるだけなら、何も問題無いような?」
「問題はその先だ。あとは私が話そうか」
神父様は、まだ途中までしか吸っていないシガレットを灰皿にギュッと押し付けると、問題の部分を話しはじめた。
「問題とは、『願い』を叶えた『7人の宿主』同士が、最後の一人になるまで、互いの『願い』の優劣を競い合うことだ。端的に言うと、――戦いで決着が付くということ。決着を以て『王の儀式』は完了とし、勝者に憑いた悪魔は、次世代の神となる」
「……!」
「でもさー、そんなら『儀式』に参加しなきゃいいじゃん? 負けました~っつって権利を放棄すりゃいいだろ。オレ様は神になんかなりたくねーし」
「……貴様、戯言を……!」
バロックの迂闊な一言で、再びゴーティオンの怒りに点火しかかる。神父様が手で制し、どうどうどう……といった感じで落ち着かせようとする。
「わーっ! ゴーティオン! 怒らないで! あとで叱っておくから!」
「ふむ……、いずれにせよ、そこの悪魔の提案は難しいかもしれん。たとえ我々が不戦を唱えても、他の5人はどうだろうか。問答無用で襲ってくる者も居るかもしれない。幸い私は、他の『宿主』を攻撃する心積もりは今の所、持ち合わせておらんがね」
神父様が冷静に状況分析をするなか、バロックとゴーティオンは互いに腕を組んで睨み合っている。二体の悪魔の目から怪光線が発射され、二人の真ん中あたりの空中で小爆発が起きた。もはや私に突っ込みを入れる気力は起きなかった。
「私からも一つ提案がある。我々で協力体制を取らないか。そうすれば、仮に攻撃的な『宿主』が居たとしても、相当有利に事を運べる筈だ」
「確かに……そうですね」
この狭い街の中に2人の『宿主』が居ること自体バロックは驚いていたし、世界中のランダムな地点に、正体の分からない他の5体の悪魔が降りているとしたら、それぞれが出会って、手を組む可能性なんて更に低いんじゃないだろうか。とするなら、私達が協力する利点は大きい。
「ケッ、んなこと言っておっさん、オレ様たちを騙そうとしてんじゃねーの?」
「……その指摘は想定していた。この男に嘘偽りはない。貴様たちも知っての通り、私達悪魔は人間の思考を汲み取ることが可能だし、思念で互いに通話できる私達が、嘘をつくことは不可能だ。仮に私が嘘をついても、貴様は看破するだろう?」
「んーまあ……そりゃそっか。わーってたよ。ヴァイオラ、まあ大丈夫だろ」
私は肩をすくめた。
「いや、別に最初から心配してないよ。ゴーティオン、絶対いい人だし、……ね!」
「……」
ゴーティオンは沈黙していた。照れているのだろうか。見た目だけで人間に忌み嫌われていたというし、慣れていないのかもしれない。ちょっと、好きになってきちゃった。目を細めてゴーティオンを見つめていたら、ぷいと目を逸らされた。
「そういえば。ゴーティオンは幾つの『願い』を叶えることができるの?」
「……7つだ」
「ええ! バロックより4つも多い!」
「うっせー! 数が多いほうがイイってワケじゃねーからな!」
「……そうだ。数が多い分、『悪魔の願い』1つ毎の出力は小さくなるのだ……」
人間の『願いのエネルギー』を100%とするならば、ゴーティオン (『悪魔数』7)の『悪魔の願い』は、1つ14%ほどの出力。バロック (『悪魔数』3) の場合は、1つ33%ほどの出力、という事かな。願いの内容にもよると思うけど、『願い』同士をぶつけた場合、ゴーティオンとバロックならば、バロックが勝つ、ということになる。
「そうなると……、私達の残る2つの『願い』も、慎重に決めないとな……」
「……ときにモディウスよ、おまえの『第1の願い』は決まったのか?」
「ああ、1つ考えている『願い』がある」
「おっさんは何を願うんだ? オマエら以外の『宿主』全員殺すとか?」
「バカ! 神父様がそんな事願う筈ないでしょ!」
バロックがろくでも無い事を言い出すと、すぐさまゴーティオンが論破した。
「……それ以前に、不死者となっている『宿主』を直接殺す願いは、矛盾が発生するため非常に困難だ。……一応訊いておくが、難しい願いが叶うまでには、その分、長い時間が掛かる、ということは知っているか?」
「あーはいはい。少し考えりゃ誰でも分かるしー。冗談だっつーの」
「もう! 全然話が進まないんだけど!」
ゴホン! と神父様が咳払いをした。
「私の『第1の願い』は、【悪魔についての知識を得ること】……だ」
「……承知した」
ゴーティオンの全身が、暗い青の光に包まれていく。そう、私がバロックに『第1の願い』を叶えてもらったときと同じように。光は収束して粒子となり、神父様の右眼へと集まっていった。瞳孔には、ゴーティオンの顔の形のようなマークが現れ、暗い青色の光が宿った。
「悪魔についての知識……!」
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず、という。かつて『悪魔の願い』に挑んだ男の話があった。その男は、『第1の願い』で同じ事を願い、ルールの裏をかいて無事、悪魔に魂が取られることを防いだそうだ。我々の場合、今、どこに残る悪魔がおり、どのような宿主に憑き、何を願おうとしているのか、把握できるという訳だ。また、私の場合『願い』が7つあるので、何かあったときに対応できる」
「なるほどなー。やるじゃん、おっさん」
「早速だが、他の悪魔の動向を視てみよう。ゴーティオン、遠隔視は可能か?」
「……問題ない。私が調整するので、おまえは識りたいものを呟けば良い。そうすれば、おまえの脳内に新しい知識が流れ込むだろう……」
そして、神父様は他の悪魔について調べはじめた。
――それでは、ここに近い位置にいる悪魔から、順番に見せてくれ。
『悪魔数1』。悪魔ライグリフ。ロシアの中央部あたり。警戒がかなり厳しい場所、恐らく閉鎖都市か。その地下にいる、赤いマントを羽織い、真紅の宝石が付いた杖を携え、嘴を持つ老人姿の悪魔だ。『宿主』はルシフェンという名の、大柄な長髪の男。理由は不明だが、深く、頑丈な牢に閉じ込められている。目が虚ろで、とても正気ではなさそうだが……。『願い』はまだ叶えていない。
『悪魔数6』。悪魔フライピッグ。中東、UAEにいる。国境にほど近い遺跡の一つに腰掛けている。子豚のような姿に小さな透明の翅が生え、ぱたぱたと飛んでいる。まだ『宿主』を見つけられていない。
『悪魔数4』。悪魔ベアス。アメリカ合衆国の中央辺り。悪魔の姿が確認できない。それどころか、悪魔の名前とおおまかな位置以外、一切の情報が遮断されている。恐らく既に【情報を隠蔽する願い】が働いているのだろう。ゴーティオンの『悪魔数』ではこれを突破できないが、『悪魔数』1~3の『願い』ならば突破できる可能性はある。が、手札を消費するリスクが極めて高い。恐らく、そこまで織り込み済みだろうな。非常に厄介な相手と思われる。
悪魔数5。悪魔ヘッジフォッグ。金属に似た銀色の刺々しいボディを持つ、獣が二足歩行しているような姿の悪魔。ドイツ、ベルリンの地下に何やら秘密基地のような設備があり、大勢の研究者がいて、悪魔が率先して研究に協力しているようだ。機械でなにやら作っているが、それが何かまでは不明だ。推測だが、それが完成したのち、『願い』を叶えるのだろう。『宿主』の名はドクトル、と呼ばれている者らしいが、何故か姿は見当たらない。
そして、悪魔数2。悪魔ウォルコーン――
……!
「……神父様? どうかしましたか……?」
「固まっちまったぜ、おっさん。おーい! もしもーし! ……反応なし……」
神父様は目を見開き、呼吸が段々と荒くなってきて、ついには脂汗をかき始めた。ただならぬ事態が起こっていることが伝わってくる。ゴーティオンの目が黄色く光る。警戒色だろうか。なにか緊急事態が発生したのだ。
「来るッ! 凄まじい勢いでこっちに向かっているぞ……ッ!」
「……ウォルコーンがこちらに向かっている。どうやら遠隔視に気付かれたようだ。逆探知された。ヤツは非常に好戦的な悪魔だ。『宿主』は、我々全てを消すつもりでいる」
その言葉を聞いた途端、私の全身はぞわぞわと粟だった。
――どんなことでも叶う『悪魔の願い』。それは、自分の欲望を叶える手段。それを、わざわざ他者を傷つけるために、本当に使おうとすることなんて……。バトルだなんだと息巻いていても、そんなことは有り得ない、とこっそり心の片隅で思い込み、どこか遠い世界の、御伽話のように感じていたんだ。そんなことに、今更ながら気付かされた。今……、こうして、自分に対して敵意が向けられるまでは。
……バロックが困惑したように叫ぶ。
「ウッソだろ! オレ様たちのタッグに勝てるつもりかよ!」
「どうやらそのようだ。近いぞ……! 500メートル、300、50……速い!」
ズドォォン!!!!
――と、何かが洋館の前に激しく落下する音が響いた。そんなの決まってる。悪魔ウォルコーンとその『宿主』が到着したのだ。私達を消すために……!! 私達はその場から動けず、固唾を飲んで、扉の方を見守った。
キィィ……と、扉が開いていく。と、逆光に包まれていた状態でも美しいと分かる顔立ちにうっすらと微笑を浮かべた、長身の女性が現れた。黒のジャケット、黒い革のライダースーツとブーツに身を包み、毛先に赤い色が入ったウェーヴィーな黒のロングヘアを、片方を耳にかけて後ろに流している。そして……
「角が生えてる……!?」
左右に一本ずつ、大小2本の角。飾りではなく、本当に生えているようだ。その女性の側頭部からは、絡み合った金属製の茨が、雄牛のような大きな角を形成していた。それでもまだ、私の目には人間の姿として映ったが、バロックとゴーティオン、そして、『悪魔の願い』をその目に宿した神父様にとっては、そうではなかった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て。オマエもしかして、ウォルコーン……か!?」
「……まさか、融合したのか……! ニンゲンと……!」
「あ、『悪魔と融合する願い』……か……」
顔面蒼白になり、震える神父様を尻目に、『悪魔ウォルコーンと融合した女性』はニヤリと笑みを浮かべた。その赤い唇には、牙がちらりと見えていた。
そして――
「
――『黄金のアストリオン』がその身を包んでいた。
to be continued...
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