悪いタイミング


 デュークたちが謎の機械ラプトル乗りたちを追い払ってから三日後、アルバスタウン上空をパトロールしていた空軍が近辺の平野で百を越える機械ラプトルの進軍を確認した。


「何だあいつらは……!?」


 見たこともない機械に乗る面々に、プロペラ機を操縦する兵は戦慄を隠せない。


 そんな彼はすぐに軍隊本部に通信をいれることにした。


『こちらサマル二等兵、アルバス平原にて謎の軍隊の進行を確認。繰り返す、アルバス平原にて謎の軍隊の進行――うわああ!!』


 通信を終える前に、サマル二等兵のプロペラ機は機械クワガタの軍隊に撃ち落とされてしまう。


 次なる戦いの火種がもたらされた瞬間であった。



 翌朝ガレージで休息から覚めた私の前にハンナがやってくる。


「おはよう、デューク」

「お、おはよう……」


 昨日は結局彼女はあれから顔を見せてくれなかった、そんなハンナの顔を見るのがどこか気まずい。


 それはあちらも同じなのだろう、彼女が次の言葉を発するのにしばしの間が空いた。


「――あのさあ、昨日のことなんだけどね、……もう気にしなくてもいいよ」

「ハンナ……」

「だから昨日のことはなしっ! 今日からはいつも通りにしようね!」

「お、おう」


 ちょっとクセのついた前髪をいじりながらのハンナの宣言に、私は呆気にとられてしまう。


「それじゃあ朝だからアタシのパンツを……」

「いや、それはもういい」

「へ?」

「もう君が恥ずかしい思いすることはない、ということだ」


 呆気にとられるハンナに私が説明するが、彼女はどこか残念そうに薄ら笑った。


「あはは、そうだよね。アタシのなんかもう見たくないよねっ。それじゃあアタシ、朝ごはん食べてくる!」


 そう告げたハンナは、そそくさとガレージを後にする。


 それからガレージを出た私だが、ハンナがなかなか戻ってこない。


 何かあったのだろうか?


 ハンナが次に顔を出したのは、太陽が天頂に上がったお昼頃である。


「遅かったな。何かあったのか?」

「う、ううん。なんにもないよ」


 そうは言うハンナだが、何か変だ。


 ある一定の距離から私に近寄ろうとしないのである。


 ……気まずい、これでは私が避けられているみたいではないか。


 私が一歩踏んで距離を詰めようとするが、ハンナはまたさりげなく距離を取る。


「ハンナ? 本当に大丈夫なのか?」

「なんでもないってば!」


 声を張り上げるハンナに、私はこれ以上何をすることもできなかった。


 するとそこへカレンがトランシーバーのような通信機を片手に駆けつけてくる。


「大変! ハンナとデュークの二人に軍隊から直々の依頼ですって!」

「え、軍隊!?」


 軍隊からの直接依頼と聞いて、目を見開くハンナ。

 この辺りにも軍隊というものがあるのか。


「詳しいことは町の駐屯所で話すみたい。ハンナ、くれぐれも失礼のないようにしなさいよ?」

「わ、分かってるってば~! ――ほら、デュークも行こっ」

「あ、ああ」


 そうして私とハンナはカレンたちの付き添いもあって、町の駐屯所に足を運ぶことに。


 町の中心に向かうと、どこか交番を思わせるような小さな建物が目についた。


「ここが駐屯所ね。入るわよ」


 ハンナが息を呑むのと同時に、カレンが駐屯所の門を叩く。


「パーティーリーダーのカレンです。ハンナと恐竜型の機械を連れてきました」

「それでは裏に来い」


 中から聞こえてきた野太い声に従って、私たちは駐屯所の裏にある格納庫へ向かう。


 駐屯所そのものの規模とは打って変わって、格納庫は何台もの軍事車両が停まっている、それくらい大きい。


 さすがは軍事的な建物、この辺りでもそこはしっかりしてるのだろう。自衛隊員だった私だからそう思えるのである。


 そこで待っていたのは軍服を着たがっしりとした体格の壮年男性だった。


「君たちがハンナと恐竜型の機械か」

「は、はいっ。わ、わ、私がハンナです!」


 男の鋭い眼光にハンナはいつになく緊張でガチガチになっている。


 ああ、この緊張感に溢れた対面は自衛隊での頃を思い出すな……。

 あの時も上官が鬼のように怖かったのを、今でも覚えている。


「私はルドルフ・アトラー、このアルバスタウンの駐屯所で支部長をやっている」


 それから始まったアトラー殿の説明を要約するとこうだ。


 先日アルバス平原で百を越える機械ラプトルの進軍が確認された。

 それを目撃した空軍の二等兵が同じく進軍していた機械クワガタに落とされた。

 報復しようにもこのアルバスタウンに軍の本隊が到着するまでに時間がかかってしまう。

 そういうわけで町の防衛を兼ねて我々に奴らを撃退してほしいとのことである。


「君みたいな少女には危険な依頼であることは百も承知だ、報酬なら言い値で出そう」

「う、うう……」


 ただならぬ気迫にすっかり気圧されてるハンナに、アトラー殿はさらにこう付け加えた。


「君たちにしかできないことなのである、この通りだっ」


「わ、分かりました! 私たちで良ければお受けします~!」


 目の前で頭を下げられて、ハンナは依頼を受けることに。


 そんな彼女に異を唱えたのはボギーたちだった。


「おいおい、そんな勢いで受けていいもんなのかよ!?」

「そうよ! いくらなんでも無茶だわ、危険すぎる!!」

「ハンナちゃん! もう一度よく考え直してください!」

「みんな……。でもねアタシ思うんだ、自分にできることなら精一杯やり遂げたいって。だからここにやってきたんだよアタシっ、カレンとボギーなら知ってるでしょ?」


 仲間の三人からの必死な反対を受けてなお、ハンナは微笑んで自分の意思を表明する。


「それは、まあ……」

「けどよ……」

「アタシなら大丈夫! デュークだっているんだからへーきへーき!!」


 両腕をガシッと構えるハンナに、カレンたちも深く息をついて折れた。


「分かった。パーティーのリーダーとしてハンナ、あんたにこの依頼を受けてもらうことにするわ」

「カレン……ありがとう!」

「ただし、行ってくるからには無事に帰ってくること! 必ずよ!!」

「うん! もちろんだよ!!」


 カレンからの許可を得たところで、ハンナは私に目配せをする。


「デュークもよろしくねっ」

「ああ。こうなれば私も一蓮托生だ」


 こうして私はハンナと共に戦場へと赴くことになったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る