ウィルの情熱

 あれからウィルはガレージの中で機械クワガタの修理に徹した。


 休む暇も惜しんで昼も夜もずっと機械クワガタに向かい合い、優しく修理を施す。


 きれいに整った顔や白い肌が機械油にまみれようとも、彼は一時も手を止めない。


 ガレージの中で休息をとりながら眺めるその様子は、さながら神話に出てくる聖母のようだった。……だが男だ。


 そんな彼をハンナをはじめとする仲間たちも陰ながら見守る。


 やはりあの四人はいい仲間だ、私も本当の意味であの中に入れたらどんなに幸せだろう。


 そうして三日が経った頃、ウィルはついに機械クワガタの修理を完了させた。



 この日の朝、ウィルはハンナたちをガレージの前に呼び寄せる。


「ったく、こんな朝早くに何だってんだよ……」

「あの機械クワガタどうしたのかなあ?」

「ウィルのことだもの、しっかり直してると思うわ」


 あくび混じりにそれぞれの思いを口にする三人。


 私もウィルにガレージから出るよう言われたので、ハンナの隣で待機だ。


 少し待つとつなぎからいつもの可愛らしい服装に着替えたウィルが出てくる。


「お待たせしました! みんなを集めたのは他でもありません、ボクの見せたいものがあるからです!」

「機械クワガタだろ? 早くしろよっ」

「うっ。……まあまあボギーくん、そう言わずに。それでは、オープン!」


 声高らかにウィルがリモコンでガレージのシャッターを開けると、奥には装甲をピンク色に塗装された機械クワガタの姿があった。


「ぴ、ピンク!?」

「ずいぶんと大胆に塗装したわね~」

「えへへ。やっぱりボク、ピンクが好きなので。クワガタくんも気に入ってるみたいですし。ねっ」


 ウインクしたウィルに応えるよう、機械クワガタは嬉しそうに振り上げた大アゴをカチカチと鳴らす。


「でもでもっ、それだけじゃないんですよ~! 故障していた部分もボクの手でしっかりと直しました!」


 誇らしげに胸を張ったウィルは、それから意気揚々と機械クワガタの背に乗った。


「それじゃあいきますよ~!」


 背中にあるであろうハンドルをウィルが握ると、機械クワガタはブオンブオンと重低音を立てて垂直に上昇する。


「わあ、すっご~い!」

「でしょでしょ~! それだけじゃなくて、こんなこともできるんです!」


 得意気になったウィルは、続いてハンドルを切って機械クワガタを上空でいろんな方向に旋回させた。


「ウィルもさすがだな。いつもあんな感じなのか?」

「そうよ、デューク。あの子は機械いじりに関しては世界一だとわたしは思うの」


 カレンもなぜか得意気に胸を張っている。


 そんな彼女に目を向けてると、なぜかハンナがじとーっとした目でこちらを見ていた。


「ちょっと~、おっぱいならアタシの方があるんだけど~?」

「君は何を対抗しているのだ……?」


 どうやらハンナは私がカレンを見ていたのが面白くなかったようで。


 理由は分からないが、今後は気を付けよう。


 しばらく飛んでいた機械クワガタだが、途中からフラフラと高度を下げて着陸した。


「ね、ね、ボクすごいよね? ――おええええええええ」


 機械クワガタの背中から降りるなり吐き戻すウィルに、私たちは慌てて駆け寄る。


「大丈夫、ウィル!?」

「ハンナちゃん、これくらいボクなら平気です……うひぃ」

「キリリ……」


 乗り物酔いですっかり気分を悪くしてしまったウィルを、機械クワガタが触角で優しくさする。


「えへへ、ありがとうございますクワガタくん」


 どうやらウィルはこの機械クワガタと仲良くなれそうだ。


 ふとここで気になることが出てくたので、ウィルに訊いてみる。


「ウィル、その機械クワガタは何を燃料にしているのだ? まさか……」

「普通にガソリンで動くみたいですよ?」


 なんだ、ガソリンか。それならそこのジープと同じか。


 勝手に訝しんで損したところに、今度はウィルが質問を返す。


「そういえばデュークさんこそ今までどうやって動いてたんですか? クワガタくんみたいにガソリン飲んでるところみたことないですけど」

「あ、ああ。実は……」


 答えようとした私だが、性的欲求で動いてるなどと恥ずかしくて言えない。

 ここは適当に話を合わせておこう。


「――いや、私もガソリンで動くはずなんだ。今までそれを忘れていたよ」

「そうなんですね。それじゃあ今からガソリンスタンド行きましょうか。クワガタくんもちょうどお腹を空かせてるみたいですしっ」

「それはいいな。よし、行こう。これからはハンナを困らせずに済むな」


 こうしてウィルと一緒にガソリンスタンドに行くことにした私だが、その後ろでハンナがどこか寂しそうな目をしていたことに気づくことができなかった。


「――そっか、デュークはそれでいいんだね……」

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