第52話 それがふたりの、てんいむい!!





「日和った?」


 わたしは冷たい声を上げる。最強と最強の戦いが濁ったような気すらした。一発殴られたくらいで動揺してどうするか。


 ああ、なるほど。この世界の人類が生存していられる理由が分かったような気がする。圧倒的弱者のはずが、ソゥドという力こそあれ、甲殻獣に対抗できた理由。結局は地球と変わらない。力で劣れば、集団と知恵と技術で乗り越える。対して甲殻獣はただがむしゃらに力を伸ばす。そういうことなんだろう。


 残念だったね、目の前にあるのは最高のソゥド力と、あらん限りの技術を結集した最強だ。


「フォルナ、まだだよ。まだ受けて」


「はい! 勝ち筋を導くんですね。それが『てんいむい』、なんですね」


「そうだよ。わたしには声をかけて力を流すくらいしか出来ない。だからフォルナが自分で見出して」


「やってみせます。みんなの為に!」



 『白銀』は先ほどまで以上の速さと力強さで襲い掛かってくる。だが、フィ・ヨルティアは負けていない。時にはダメージを受けるが、それはわたしが治す。そして捌き、躱し、時には打撃を入れる。傍目から見れば五分の戦いになるだろう。


 だけど、わたしには焦りもある。フォルナとわたしの、特にフォルナのソゥドがどこまで続くのかが分からないのだ。生身や、甲殻武装どころじゃない。如何にわたしのソゥドを流しているからといって、この6メートルの騎体を動かしているのは、あくまでフォルナ本人の力なんだ。いつ何時、それが尽きるかもわからない。全くの未知数ってことだ。


 長期戦はよろしくない。だけど、勝つためには長引かせるしかない。激しいけれど、じりじりとした線香花火のような戦いをやっている気になってしまう。


 周りを見れば、取り巻きの排除は順調だ。戦闘開始から1時間弱。すでに半数ほどを倒し、敵は500を割り込んでいるように見える。頼む、一刻でも早く。



 ◇◇◇



 そんな時に天秤が傾いた。


 フィ・ヨルティアが一瞬傾いた。足場のせいかと思ったけど、それどころじゃない。相手の攻撃がクリーンヒットしたんだ。右腕が吹っ飛んだ。これは治せない。どうして!?


 見れば、フォルナが、大公令嬢が鼻血を流していた。金髪を縦ロールにしたお嬢様。綺麗な白い肌に細くつたう、赤い鼻血。ビジュアル的にあってはならない光景だ。断じて彼女は悪役令嬢なんかじゃない!!


「フォルナぁぁ!!」


 思わず取っ手を離して、彼女に蹴りを入れた。薄緑の光が立ち上るが、弱い。これって、まさか。


「すみません、フミカ様。大丈夫です、まだやれます」


 そう言うフォルナは、まだ鼻血を垂らしていた。



 ヤバい。これは本当にマズい。恐れていた事態がここで来た。



 相手に損傷を与えたことを理解したんだろう。『白銀』がさらに大きく左腕を振りかぶって来た。調子こきやがって。だけどこっちは右手が無い。マズい、ガードできない。


「フォルナあああああ!!」



 どごおおん!



 振りかぶったはずの『白銀』がちょっとだけ揺らいだ。


 私の声じゃない。


 メリッタさん!?



 弾丸のように飛び込んできたメリッタさんが、『白銀』の左肩に蹴りを叩き込んだんだ。


 その代償に、メリッタさんの両脚は折れ曲がり、『白銀』のすぐ傍に落下した。だけど彼女は叫ぶ。


「動きなさい! 戦いなさい! フォルナ! わたくしはあなたを信じているんですよ!!」


 文字通り、血を吐きながら。



「ぬぅああああああ!!」


 次に飛び込んできたのは大公様だった。槍を棒のように、相手の後ろ脚に叩き込む。さらに『白銀』の体勢が崩れた。全力を込めていたのがよく分かる。


「その程度かフォルナっ!? お前はその程度で最強を名乗るつもりか!!」


 煩わしそうに、大公様に後ろ脚が振るわれる。直撃コースだ。止めようが……!?


「父上えぇぇ!!」


 大公様と同じ武器を両腕で構えて、『白銀』の後ろ脚を受け止める存在。ヴァートさん。そして当然、吹き飛ばされたけど、大公様は無事だ。飛ばされたヴァートさんも。ヤルじゃん、受けて流す。出来てるじゃないか。凄いよヴァートさん。



 そうこうしているうちに、国務卿が、軍務卿が、各中隊の精鋭達が、そしてなにより頼もしい、『フサフキ機動治療打撃小隊』が、一斉に『白銀』に攻撃を仕掛けた。打撃は通らない、分かっている。それでも。



 時間は稼げた。



 ◇◇◇



「フォルナ、フォルナ?」


「フミカ様、わたくし」


「覚悟決まった?」


「はい。やります。やれますよ。そして出来上がりました」


 意識は大丈夫そうだけど、限界なのは分かる。そんなフォルナから聞かされた提案。


「これでもフサフキ開祖だからね。弟子の意見は大切にするよ」


「ふふっ、ありがとうございます。かなり厳しいですけど、フミカ様は出来るんですよね」


「もっちろん!」


「はいっ」



 『白銀』の右肩と、右後脚は損傷を負っている。メリッタさんと大公様の大貢献だ。それ以外は、牽制にしかなっていないけど、時間という貴重すぎる貢献を為してくれている。


「全軍、怪我人を、特にメリッタさん、閣下、ヴァートさんを連れて緊急退避!!」


 さあ、一世一代の大勝負。勝ってみせようじゃないか。


「ここで決着をつけるから!! 遠くで応援していてねー!!」



「ふふっ、さすがはフミカ様です」


「いやぁ、照れるわ」


「では、手順通りに。行きますっ!」



 やけくそのように飛びかかってくる『白銀』に対し、やることが決まったこちらは、やるべき動作を開始する。


 左脚を大きく踏み出し。低く、低く、地を這うように。相手の下をかいくぐる様に左肩が滑り込む。


「大地を掴め! 回転させて! 力を回して、ぶつけて、押し込めっ!!」


 フィ・ヨルティアの左肘が、例の三重装甲がなされた左肘が、『白銀』の左前脚を破壊した。この戦いにおいて、相手に与えた初めての損傷だ。



『グオゥウウアアアア!!!』



 騎体を逸れるように転がった獣は雄たけびを上げる。ほうら。ダメージに弱いんだから。


 じゃあ、次の行動も読めるってもんだ。


 案の定、『白銀』は口を大きく広げて飛びかかってきた。だけど、遅い。


 脚の踏ん張りが効かないんだろ? それでも逃げないのは大したもんだけど、攻撃手段が相手に読まれるってことは、どういう事だと思う?



『てんいむい!!』



 そういうことだよ



 ◇◇◇



「行ってくるね」


「お気をつけて」


「そっちこそ。期待してるよ」


「ええ、フサフキ門下として、師に恥ずかしくないところをお見せしましょう」


 わたしは、フィ・ヨルティアから飛び立つ。いや、ソゥドを速度全開に込めて、こっちに向かってきている『白銀』に向かってジャンプしただけだけど。


 それは相手にとって、完全に想像の外側だったろう。矮小な人間が一人、甲殻に覆われ害のない『背中』に降り立ったのだから。



「味わえ。これが聖女のハイヒールだよ!」



 わたしは背中に踵を落とし、『白銀』を治した。


 急速に回復した『白銀』の背中を突っ走りながらまたジャンプして、目の前に迫るフィ・ヨルティアに乗り移る。


 『白銀』も速度を上げる。いや、「意想外」に速度が上がった。


 ほうら狼さん。これが人間のやり方だ。怪我を負って能力が落ちたところから、いきなり治ったら、どうなる?



「おおおああああぁぁぁぁ!!」



 戻って来た私が左肩に降りた瞬間。フォルナの雄たけびが轟く。着地してそのまま取っ手を握りしめて、騎体の背中を蹴っ飛ばすようにわたしも全力でソゥドを流す。


 今までになく輝くフィ・ヨルティア。さらには、装飾されたラインが紋章までもが光り輝き始めた。


 凄い! これぞ定番の覚醒状態だ。


 そして次の瞬間、左脚は『白銀』の胸元まで踏み込まれ、左肩は相手の口元に当たらんとするところまで捻られ。



 先端に穂先を装備した左腕は、相手の顎の中に吸い込まれていた。



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