第43話 話し合いと決意は、無駄になることがある





「前線を下げる?」


 巨大な甲殻狼を倒した後にやってきた伝令さんが伝えてくれたのは、前線撤退の指令だった。


「了解しました。では、我々は負傷者収容場を経由して中衛に向かいます。配置は?」


「前衛での行動と同様とのことです。遊撃治療を基本として、独自判断にて動いてほしいと」


 フォルナの問いに、当たり前のようにフリーハンドを申し出る伝令さん。これは軍務卿とヴァートさん、どっちの指示なんだか。何にしても縛られないのは何よりだ。



「では、動きます。そこでお願いなのですが、第2分隊の皆さんは甲殻狼を司令部まで運搬してもらいないでしょうか」


「この死骸をですか?」


 亡くなった第7中隊副長に代わり、第5中隊の誰かが応える。


「はい。わたくしとフミカ様の計画に必要になりそうなのです。負担をかけて申し訳ありませんが、お願いいたします」


「了解いたしました! おい、牽引準備だ!!」


 フォルナの言葉に逆らえないというよりかは、何かを感じ取って了解したって雰囲気だ。さすがフォルナ、人徳あるねえ。


「どうせあの熊も持って帰るんでしょ?」


「そうしましょう」


 わたしが小さい声で言うと。ニヤリと笑うフォルナがいた。どうしてこう、アレ絡みになると黒くなるんだか。



 ◇◇◇



 という経緯で、西端から中央へ治癒しながら戻りつつ、後退の指令を飛ばしながら、途中で熊の死骸は第1分隊の一部に任せて、治療場へ急行した結果が。


「酷い、ね」


 たった30分。前に治療してからそれくらいのはずだ。だけどそこには、50人くらいの負傷者がいた。しかも、多分10人くらいが、もう息をしていない。


 全員を蹴り飛ばす。多分、亡くなっているだろう者も蹴る。優しく蹴る。


「ごふっ、ごばぁ、ぐっはあ!」


 一人が、一人が息を吹き返した。呼吸が止まっていても、心停止までに至っていなかったのかもしれない。だけど生きている。生きているんだ!


「ありがとう! 生きていてくれてありがとう」


 思わず抱き着いて、涙を流してしまったわたしを見て、その人は目を白黒させていた。


「フミカ様、そろそろ」


 フォルナの、何故か刺々しいツッコミの後、わたしたちは前線を後退させた。



 ◇◇◇



 中衛にある指揮所は、まさに戦場だった。ただし、伝令と情報の戦場だ。事務方の戦場ってこんな感じなのかなって、そういう仕事をしたことがないわたしでも分かってしまうほどだ。


 主軸はヴァートさんと軍務卿なのだろう。絶え間なく届く情報を受けて、判断を下し、伝令に指示を出す。わたしには絶対できない芸当だ。ヴァートさん、凄いと思うよ。この戦いが終わったらそう言ってあげよう。


 とりあえず、大型狼と熊の後送をお願いして、わたしたちは情報に聞き入る。


 前線部隊を後退させつつ、中衛を合流させて穴を塞いでいく。ちらりと聞こえた範囲では、ここまでの戦死者は80強。前衛で60、中衛で20くらいのようだ。1個中隊弱が消えたことになる。


 崖上の観測班と狩人からの報告では、敵の残存勢力は3万弱。6時間くらい戦ってこれだ。


 日はまだ天上にあるが、精鋭を削られ、疲労が溜まりつつある軍勢で、例え中衛が参加したとして、日没までにどれくらい削れる? 時間を考慮して、後1万。でも、それじゃ2万近くが残る。奴らの得意な夜になって、2万?



 無理じゃないか。



「聖女様を中心とした精鋭部隊では?」


「左右から押し上げつつ包囲攻撃は」


「全軍を撤退させつつ、砦で防御戦闘では」



 司令部では色々な意見が出ている、どれも現実的で、そしてギャンブルだ。取れる選択肢は少ない。


「ここまで連戦してきたフサフキ小隊を使い潰すような用兵は却下だ。左右から押し上げるにしても、戦力が足りない。砦に籠るのは悪くないが、前線が広くなりすぎる」


 ヴァートさんの叫び声のような却下がくだされる。


「では、どうすれば!?」



「……後衛から、志願する者たちを中衛とともに前衛と入れ替える。精鋭には休養を与え、夕刻に備える。中衛の指令は、僕だ。いいなっ!!」


 要は、中衛を含めて自分たちを捨て駒にして、最後の戦いに備えるって訳か。



 誰がそんなもの、認めるんだ?



「はははは! 意気やよし! ヴァート、良い指揮だ。良い顔だ。だが、ダメだ」


 言わずもがな、大公様だ。


「ダメですか……」


「ああダメだ。ちょっと作戦を修正しよう」


 大公様はキマった顔をしている。ああ、これは知っている。全てを投入して、勝てないと分かっていてもやってみせるって顔だ。何で分かるって? わたしの対峙した相手がそういう感じだったからだよ。大抵そういう相手は手ごわいし油断できない。



「中衛を押し上げるのは構わない。ただし、左はフサフキ小隊。右は近衛。中央には第1から第3まで、疲労の少ない者を選んで配置せよ」


 出番だねえ。いいねえ。黙って見ているよりか、よっぽどマシだ。フォルナも頷いているし。



「父上……」


「よいか、右は防御重視、左は速度重視だ。出来るな? フォルナ、聖女殿」


「もちろんですよ。精一杯やってみせましょう!」


「流石は聖女殿、根拠もなく良く叫ぶ」


「それが持ち味ですから」


「やはり聖女殿との会話は楽しいな。戦が終わったら、酒とタバコと一緒に存分に語ろうぞ」


「同感です。では、編成を……」



 ◇◇◇



 どずぅん! どずぅん!!


 地響きが遠くから聞こえてくる。


 ああ、これはマズい。これまでの経験が、直感が最大級に警報を鳴らしている。



「急報!! 急報です! 大型個体を確認しました! 白銀の狼、取り巻きを併せて約3000!!」



 今までの話し合いが全て崩壊した瞬間だった。



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