第37話 死闘
最初はまだマシだった。散発的な甲殻獣の侵攻。だけどそれを真に受けるほど、フィヨルトの連中は甘くない。最初は確実に大隊が念入りに潰していって、後続はそれからほんの少しだけ零れた個体を叩きのめしていた。
まだ、朝日が昇ってすぐだ。わたしたちの出番はまだない。
渓谷の幅はおよそ3キロ。配置された人員ならば対処可能かもしれないけど、そこに欠員が出れば話は別だ。
そして、1時間も経たない内にそれが出始める。
「2時、170!!」
「突撃!」
ヒールが必要は対象は、フォルナの視界に任せている。だから、躊躇もなくそこへ突撃することが出来るわけだ。
腕が反対側に曲がったひとりの兵士がうずくまっているのが見えた。次の瞬間、わたしの飛び蹴りがさく裂する。例の淡い緑が立ち上る。
「いける?」
「いけます。ありがとうございます」
「なら行け! なんだって治すから」
「はい!」
◇◇◇
1時間ほどでこのザマだ。
「甲殻熊中型ぁ、抜けてきました!!」
「やります!」
「メリッタさん!?」
メリッタさんが信じられない速度で甲殻熊に迫る。彼女は素手だ。だけど、それでも問題ない。彼女は相手の膝裏を引き裂き、降りてきた喉を貫手で突き刺し、ついでに両拳で両目を叩き潰して、相手を無力化した。してしまった。
「申し訳ありません。お願い出来ますか」
そして彼女は無事ではない。制御の効かない暴れるソゥドが成し遂げた後にあるのは、満身創痍で血まみれのメリッタさんだ。わたしはそれを蹴り飛ばす。
「ごめんなさい。後、もうちょっと自重してくれませんか」
「申し訳ありません。ですがわたくしは今、10年ぶりに役立てています。嬉しくて仕方ないのです」
「お母様……」
フォルナが目を潤ませる。
「お嬢様。まだまだここからですよ。わたくしの目から見ても、あなたの視界は悪くありません。ですが、力が足りていませんね。この氾濫が終わったら、もっと訓練を積むべきでしょう」
「はい!!」
◇◇◇
そしてさらに2時間後、ついに死者が出始めた。
フォルナの叫びに促されて到達したそこには、ひとつの物言わぬ、死体があった。
わたしは、胸をこみ上げる酸っぱさに耐えながら、その物体を蹴る。とても、思い切り蹴飛ばすことなんてできない。小突くように、本当は手のひらで撫でてあげたいところを、つま先で小突く。
だけど、彼は治らない。もう、治せない。
「起きてくださいよ。治療したんですから、もう治っているはずなんですから。起きろよっ! 起きてよっ!!」
背中からフォルナが抱き着いてきて言った。
「休ませてあげてください。彼は立派に戦い抜きました」
「だけど、だけどさあ」
流れる涙を止めることが出来ない。垂れる鼻水を拭う事も出来ない。ヒールを気取っていながら、わたしはこんなにも、弱かったんだ。
「お嬢様、作戦を続行してください」
メリッタさんが私の顔を拭いながら言った。
「聖女様、お気持ちは分かります。あなたは強い方だと信じております。これからも信じさせていただけますか?」
「やるっ!」
ぐしゅっと鼻を鳴らせながらも言った。空威張りだし、心はまだ、ぐちゃぐちゃだ。
だけど、やらなきゃならないことがある。目の前の彼の死に、報いる責任がわたしにはある。誰がそんなものを負わせたかって? 自分自身だ。わたしは、聖女なんだから。
自分で勝手に担いで、盛り上げて、いざとなったらさようならなんて、出来るわけがない。そんなの格好良くない! それだけは、ダメだ。ダメなんだ!!
わたしの背中を、ねーちゃんは見ているんだから。
たとえ今、見ていなくたって、格好悪いとこなんて見せてたまるか!!
「フォルナ! 作戦続行!! わたしは、わたしはいける!!」
「フミカ様……」
「小隊各員! ここからは命の選別を図るよ! 即死者は無視! 負傷者は、重傷者、そして近くにいる者、戦力の高いものを優先して治療するからねっ!!」
「真っ当な判断ですが……、ですが、よろしいのですか?」
メリッタさんが、いや、小隊の全員が心配そうだ。
「手段と目的を履き違えないで。治療は手段。目的は氾濫阻止!! そのために全力を尽くせ!」
「了解!!」
『フサフキ機動治療小隊』は、目的達成のために走り出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます