第36話 甲殻獣氾濫! 戦闘開始!





 翌日の早朝、わたしたちは馬車に揺られていた。



 例によって化け物みたいな馬なので、1頭引きでも軽快な足取りで馬車は進んでいく。乗っているのは、わたし、フォルナ、メリッタさん、そしてフサフキ治療小隊の半分程。総勢10名だ。もう一台の馬車で、残りの半分も同行している。


 わたしたちの担当は、フィヨルト大隊の後衛に控えて、治療を担当するというものだ。ただし、わたしとフォルナの強い希望により、怪我人を運ぶのは大隊側ではなく、小隊の担当と認めさせた。すなわち『機動治療』。


 要は、ソゥドの力を存分に発揮して、怪我人を搬送するのではなく、こちらから能動的に怪我人に突撃して、蹴っ飛ばす。小隊の面々は怪我人までの道のりを無理やりこじ開けるという、そういうやり方だ。ついでに言えば、強力な甲殻獣が出た場合は、メリッタさんが暴走攻撃をして、私が治すという取り決めまでなされてしまった。


 そういうわけで、戦場を駆け抜ける治療部隊が我ら『フサフキ機動治療小隊』というわけである。名前が2文字長くなった。


 馬車の窓から見える光景と言えば、金色の麦畑だ。超巨大な麦畑だ。でっかくても風に靡くんだなって思いながら昨日の宴会、いやさ、出陣祭のラストを思い出す。



 ◇◇◇



 わたしがヴァートさんをノーヒットノーランして、その後、フィヨルト大公国国歌が斉唱された。



『我らが土地を切り開らきしフィンラント』


『我らが土地を安寧を与えしフィンラント』


『我らが街を、我らが命を、守り抜きし、我らが全てが』


『フィンラント』



 勇ましいことこの上ないが、まあ、地球でもそういう歌詞の国歌はあったから、そんなものだと思う。



 ところで、なんで早朝から宴会? と思ったわたしがメリッタさんに聞いたところ、簡単に言えば戦闘準備だったらしい。


 夜間戦闘だと、夜目が通る甲殻獣側に有利な訳で、通常、対甲殻獣戦闘は、特に氾濫対応は早朝から行われるのが基本なのだそうだ。なるほど。


 そんなわけで早朝から祭りを開き、早々に寝て、そいで早朝から行軍を開始することで、微妙な時差を調整するという、フィヨルトの知恵袋的な行いなんだそうだ。


 行軍は基本的に中隊単位で行われていて、それほどの混乱は見かけない。でっかいお馬さんに引かれた馬車と、それに負けない速度で移動する徒歩の兵士たちは、交代で馬車に乗り換えているそうだ。


 すでに前線拠点までの兵站は完成している。この世界、弾薬は存在しないし、弓矢を使うのはごく少数の限られた狩人だけだ。なので、食料と水、衣服などは行軍途中で問題なく受け取れる。不慮の怪我人は、つどわたしが蹴っ飛ばす。如何に超人的身体能力を持った人間と、化け物みたいな馬匹があったとしても、中世レベルのこの世界でここまで準備万端なのは、正直凄いと思う。



 ヴァートさん、あなたは、十分に力あるフィヨルトの戦士ですよ。



 ◇◇◇



 トルヴァ渓谷の出口にある砦で一泊したわたしたちは、いよいよ、予定戦場たる北東部へと前線を進めた。すでにフィヨルト大隊は配置を完了している。


 わたしたちの役割は前述のとおり、治療特化だ。


 そしてわたしたちの後方には渓谷を封鎖するように、第4から第8中隊が展開している。フィヨルト大隊との間にポツンと配置された形だ。


 作戦要綱は簡単だ。フィヨルト大隊が氾濫を正面から受け止め、主に中型を削る。そこから流れた小型を後続の中隊が仕留める。それでも零れた甲殻獣を臨時中隊に任せる。という感じだ。


 前衛たる大隊は、3中隊に分かれ、中央を第1中隊と近衛、左右に第2と第3。そしてその後ろにわたしたち治療小隊という布陣だ。当然というか、当たり前のように第1中隊の先頭には大公様と国務卿がいる。ケートザインさんの胃袋が無事であることを祈ろう。


 第4から第8中隊は大体、横一直線に渓谷を封鎖する形。そして第9以降は、お椀型で敵を受け止める陣形だ。


 そう、これが今回の甲殻獣氾濫に対する全てだ。残念ながらフォルナの最終兵器は今のところ間に合わなかった。



 ◇◇◇



「最終報告! 敵数、約4万2千!! 2時間程度で接敵が予測されます!」


 斥候さんの声が響く。


 歴史上最大の氾濫の2倍強に及ぶ敵数。


 それに対して、こちらはこれまで通りの対応陣形。通常なら負けを想像するしかない。


 だけど。


 こっちには、鍛錬を積んだ仲間たちがいる。



 そしてなにより、わたしがいる。


 かかってこいよ。敵は全部倒して、味方は全部治してやる。


 わたしは、聖女なんだぜ?



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