第35話 それが聖女の宴会芸!





 フォルナが大喝采を受けて、さらに祭りは盛り上がっている。



 特に好評だったのが、ヤード君8歳とその仲間たちが繰り広げた、アクロバティックな組手。いやもう、組手じゃないだろ。相手の肩を踏み台にして跳躍した後に、さらに下からの蹴りに脚底をあわせて跳躍って。ソゥドの力が載っているのは分かるけど、10メートルくらいまで飛んでないか?


 なんにしても、ヤード君は充分にその力を、戦力となれることを、舞台で見せつけたのだ。お姉さん萌え萌えだわ。


 もひとつ好評だったのが、大公様。素手で丸太を爆砕していた。暑苦しい。


「これぞフサフキよ!!」


 違う。そんな技はない。フサフキ名乗るなし。一点集中を大切にしろって、何度も教えたのに分かっているんだろうか。それともこの国の人たちは丸太になにか恨みでもあるのか?



 ◇◇◇



 まあ何にしても、宴もたけなわだ。早朝から始まった祭りも、ついには太陽が真上にあがり、人々の歓声も絶好調。


 なんでもこの祭りの為に、食料やら酒やら、色々と都合したらしい。農務卿にはお疲れさまだ。


 わたしはといえば、舞台の見える外れで、同じくお酒をチビチビやりながら拍手を送っている。ついでに細巻を貰って、煙をくゆらせていた。灰皿は傍にいるメリッタさんが掲げていて、フォルナも横にいる。例によって、どこぞの悪の女幹部だろうか。猫はどこだ。ああ、フォルナはタバコはやらないそうだ。健全。


 舞台の上では、ギターみたいなのと、太鼓みたいな楽器で、何とも勇ましい歌が披露されている。第7中隊隊歌? 女の人がメインみたいだ。うん、こういうのもいいね。


 だんだん、酔いが回って来た気もする。フォルナもトロりとしているけど、まあほっとこう、そっちはメリッタさんが担当だ。



 ◇◇◇



「それでは、そろそろ、いえ、満を持してご紹介いたしましょう!」


 ん?


「異界より舞い降りた救国の聖女。その癒しの力によって、万全の状態で氾濫に立ち向かう体制を作り上げた立役者!!」


 んん?


「癒しの聖女、フミカ・フサフキ様にご登場いただきたいと思います!! 皆さま、これまで以上の喝采を!!」



 うおおおおお!!!



 おおい、聞いてないぞ。それにしても、異世界と異界だと大分イメージが違うなあ。まるでわたしは召喚された魔物のようだ。ぐるる。


「よっ! 暴虐聖女!!」


 本気でぶちのめすぞ、大公閣下。



「そ、それではどうぞぉ!!」


 いやあ、まいったなあ。そこまで言うなら、しかたないなあ。


「あの、聖女様?」


 メリッタさんが怪訝な顔をしているみたいだけど、まあいいじゃん。必要とされてるみたいだし。


「フミカ様! 頑張ってください!」


「おうおう、任せとけ。格好良いところ見せてくるからさ、惚れるなよ、フォルナ」


「まあっ!」



 ◇◇◇



「お呼びに預かり、参上いたしました。フミカ・フサフキと申します。そのうち『フィンランティア』を貰う予定なので、そこんとこよろしく!!」



 さあ、全開だぜ!! 癒しの聖女? わたしのヒールっぷりに震えるがいいさっ!!



「えっと、先ほど大公閣下のフサフキは見事な技でした。そして皆さまの武も、そして先ほどの歌の、とても素敵で、心が震えるようです」


 嫌味は伝わったかな。大公様。


 でもね、ここに居るみんなが、本当に努力して、そう、生きるために努力してるのは分かっているんだ。たった10日足らずだけど、伝わった。受け取ったよ。


 さてそれを踏まえて、この場は意気軒高と脱力の場っていうのは分かっている。同時に私は。



 酔っぱらっているんだ。



 だから知らん。


「これからお見せするのは、わたしの、フサフキの技とは全く別物です。ですが、これもまた異世界の技の一つです。相手をひとつ、どなたかお願い出来ますか?」


 ガタガタと席を立つ音が聞こえてくる。


「どういう事だ? 聞いていないぞ」


「フサフキ、ではない?」


「聖女殿には、まだ技があったのか」


 騒がしいねえ。


 大公様、国務卿さん、ケートザインさん達が立ち上がってグダグダなんか言っているけど。


「僕でもよろしいでしょうか」


 強い意志を感じさせる言葉と共に立ち上がったのは、フォルナのお兄さん、ヴァートさんだった。



 ◇◇◇



 さてはて、どうしたものだろう。ちょっと酔いが引いたかもしれないくらい、扱いに困る事態にだよ。


 勝ち負けだけを言えば、勝てる。それこそ最小限のソゥドを使えば間違いなく勝ってしまう。でもそれでいいのかな? 相手は大公様のご子息だ。それなりのメンツもあるだろう。だからと言って、勝ちを譲るなんて、わたしに出来るはずもない。



「分かっています。たとえフサフキの技でなくても、僕は勝てないのでしょう。それでもいいんです。僕はあなたに挑みたい」


 ヴァートさんは振り絞るように言う。なんか変な覚悟を決めてらっしゃるようだ。


「僕は『シントーケー』を身に付けることが出来ていません。ですが、強くなりたい、この国を守りたいという気持ちは捨てられません。それがフサフキの技以外の手段であってもです。だから名乗り出ました。フサフキ以外の聖女様の技を、この身で受け止めてみたいのです」


 なんか、マゾっぽい言い方にも聞こえるけど、多分彼は本気なんだろう。しかし困った。だってこれ、わたしの十八番の宴会芸で、あんまり実戦向きじゃないんだけど。



 だけどヴァートさんの目は輝いている。力強く、そして、暗く。重たいよ。



 ああ、もうどうにでもなれだ。だったら、こっちは本気で芸を披露してやろう。


「分かりました。先ほどまでは、盛り上がれば良いと思っていましたが、本気でやりましょう。体験してみてください。本気でやる、わたしの宴会芸を。そして、力とか武、だけじゃなく、色々な強さがあるという事を知ってください」


「色々な強さ……。分かりました。一手、お願いいたします」


「言やよし!! 卑怯などと泣き言は聞きませんよ? これは芸なのですから。あなたは今から、わたしの余興に負けるのです!」


「行きます!」



「ちょっとお待ちを、仕込みがありますので。芸は始まっていますよ。お楽しみください」


 ヴァートさんが踏み出そうとした脚を止めた。そこらへんが甘い。


「メリッタさん、開封してないボトルを投げてくれますか」


「かしこまりました」


 メリッタさんはわたしの言葉に一瞬の躊躇もなく、傍に会った未開封のワインボトルを投げ渡してくれた。左でそれを受け取ったわたしは、右手の中指で、ボトルの頭を弾く。


 ぱんっと軽い音を立てて、コルクとガラスの小さな弾丸がメリッタさんに返却された。軽く受け止めてくれるあたりは流石だ。


「まずは芸のひとつ、ビール瓶切りならぬ、ワインボトル切り」


「な、何を?」


「驚くようなことじゃありませんよ。ヴァートさんなら出来るようになります。力の一点集中ですから」


「それが出来たからと言って」


「ええ、そうです。だから芸って言ったじゃないですか。そして、ここからが本番です!」



 ◇◇◇



 わたしは、切断したボトルの首に口をつけて、ワインを呷る。ラッパ飲みだ。グビリグビリと、頭を傾けて、ボトルを上に掲げるように飲む。たらたらと口元から溢れたワインが下あごをつたるのも様式美と言えよう。完璧だぜ。


 半分程残っているボトルから口を離して、微笑んでみせる。挑発だよ。受け取れる?


「なっ、めるかあああ!」


 それでいいんだ。たまには激発した方がいい。溜め込むのは良くないよ。


 ソゥド力全開で、ヴァートさんが殴りかかってくる。こっちに来た当初のわたしなら、避けるので精いっぱいだったろうな。だけど残念、今はもう違う。


 ぽいっと、ボトルを上空に放り上げて、そして呟く。



「酔えば酔うほど、強くなる」



 場所を変えないまま、くるりと体を翻して、ギリギリで拳を避ける。いや、捌く。そして、墜ちてきたボトルを持って、もう一回呷る。



「もう一度言いましょう。酔えば酔うほど、強くなる。それが、酔拳!!」



 好きなんだよね、酔拳。小学生の頃に見せてもらった映画にあって、一時期ドハマリしたんだよ。練習して、練習して、お酒飲める年齢になってからは、お酒も飲んで練習して。何度ひっくり返ったことか。特に2が好き。



 さあ、降臨せよ。ウォン・フェイフォン!!



「……スイ、ケン、ですか」


「ええ、そうですよ。甲殻獣には意味は薄いでしょうけど、対人戦闘だと、結構いいんですよ、これが」


 いつもと違い、型をとる。左脚を前に、左手は方の高さで軽く曲げ、指先が杯手のごとく円を描く。右腕も同じようにしながら、体はゆらゆらと揺れている。


「さあ、こちらは酔っ払いですよ。どうぞ」


 手招きをするのは基本だ。これがなきゃ酔拳と言えるか? 偏見だ。


「ふぅー、見かけと動きで幻惑するわけですか。なるほど」


 なるほど、ある程度は分かっているようだ。そういう理屈で捉えようとするところがヴァートさんらしい。だけど、足りない。


 ヴァートさんが意を決して踏み込む瞬間に、わたしも動く。右斜め前方にフラフラと、それでもそれなりの速度で。キッチリ調整して。当然、ヴァートさんもそれに合わせてくるけど、わたしはそこで、酔っ払いのごとく転ぶような体勢でよろけた。



「さて、酔八仙。受けきれますか?」



 ◇◇◇



 実際、この世界では、凶悪と言ってもいいかもしれない。それくらい、ハマっているんだ。何がって? 酔拳のフェイントっぷりがドハマリしている。特に大公国では対人戦争を経験している人は現役ではいないらしいから、ホント、悲惨なくらいだ。



 どんっ。



 何度目の打撃だろうか、わたしは今、寝っ転がった姿勢からヴァートさんに膝を入れている。本来なら蹴りを使いたいけど、ヒールしちゃうから封印中だ。


 ちなみに彼の攻撃は、全部避けて、捌いた。


「ぐ、ぐうぅぅ」


 さらにそこから手を付き、体を捻るようにして立ち上がる。そろそろ終わりかな。


「ぐおっぁぁ!!」


 根性あるじゃん。でも、わたしが立ち上がったからといって、そのままとは言っていない。しゃがむ様に地面に両手を着けて、回し蹴り、ああこれもマズいか、脛でヴァートさんの脚をすくった。


 ちょっと、たたらを踏んだ彼の喉元に杯手が叩き込まれ、そのまま喉仏を掴み上げる。



「以上、わたしの芸、酔拳でした」



 おい、盛り上がれよ。なに静まり返っているんだよ。


 仕方ないので、胡坐をかいて足元に置いてあったボトルを飲み干す。ちゃんとこぼれないように動いていたんだよ。それも芸の内なんだから。



 ◇◇◇



「ははは。はははははは!!」


 ヴァートさん!? 大丈夫?


「まいった! まいったなあ! 完敗ですよ。悔しいなあ……」


「こういう時に言ってもなんですけど、ヴァートさんにはヴァートさんなりの強さがあると、わたしは思いますよ。昨日の会議でだって……」


「いいんですよ。スッキリしたかっただけなんです」


 やっぱマゾ系か!?


「フィヨルトの直系だけど、僕は強くありません。だけど、いいんです。聖女様の言う通りです。僕には僕なりの強さがある。今はそれでいいと思います」


「そ、それならいいんですが」


「でも、『スイケン』ですか。気に入りました。僕は体で知りました。僕なりに目指してみますよ」



 ええっと。



 どこからともなく拍手が飛んできた。大公様を始め偉いさんたちがメインだ。そのうちそれは周りに伝わり、会場から万雷の拍手となった。



 なあ、なんか無理やり良い話にしようとしてないか?



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