第33話 大公様の演説は、聞く人を選ぶけど、みんな選ばれていたから効果は絶大だ!
「さて、集まってくれた公国臣民の皆に礼を言おう」
ヴォルト=フィヨルタ最大の訓練場を含む公邸正面広場には、公都のほぼ全ての人々が集まっていた。その数7000弱。野球の観客ならば少ないなってくらいだろうけど、平坦な広場では、想像していた以上の人混みに見えてしまう。
さてそんな広場の公邸側に一段高みが作られている。ひな壇みたいな感じだけど。公邸の壁に掲げられた大公国のバナーが威厳を放っている。やっぱし格好良い。帰るときに金塊とか冗談を言ったけど、あの国旗を貰っていきたいくらいには格好良い。
「だが、今回の出陣祭の前にどうしても言っておかなければいけないことがある。10年ぶりの甲殻獣氾濫が迫っている。それも過去に類をみない数である。推定ではあるが、その数は4万を越えるようだ。これは、まさしく、国家存亡の危機と言えるだろう」
大公様、それ言っちゃっていいの? 士気とか、市民感情とか。大丈夫なの?
「明後日になるだろう。我がフィヨルトの軍勢は、トルヴァ渓谷にて氾濫を迎え撃つ。しかし、心配には及ばない」
まさかここで、聖女、わたしの存在を表に出すわけじゃないよね? そうだよね?
「聖女殿がいらっしゃる、などとは言わない。言ってはいけない!」
大公様は、ちらりとわたしを見てから叫んだ。
「初代様が作り上げた大公国を守るものは誰か!?」
場が静まり返る。
「フィヨルトである!!」
当たり前の言葉が、突き刺さる刃のように胸に届く。わたしはイレギュラーだ。だけど、当事者たちからしてみれば。
「繰り返す。フィヨルトである!! 拳を挙げよ! 足を踏み鳴らせ!!」
バラバラと疎らに、市民たちが拳を振り上げ、脚を地面に叩きつけ始めた。いつしかそれは、整然としたリズムとなり、広場の両側、大公様の後ろに控えていた軍人たちもが、同じ行動を始めた。
地形を変えるのではないかと思わせる足音と、風を巻き起こすかのごとく突き上げられた拳。そして空気の温度を上げるのではないかという、裂帛の歓声に込められたソゥドの力。
広場に広がる、人が織りなす力。これに圧倒されない者がいるのか?
はっは! こりゃ凄い。これは楽しい。燃えるなんてもんじゃない。これでやらなきゃ嘘だ。
まったく! 大公様のアジテーションときたら。やってくれる。いつか機会が来たら、やり返してやるぜい。
「すでに全軍出撃の準備は整い、訓練は万全であり、兵站は完備されており、出征する者以外の公都に残された者たちは、全てこの地を守るための戦士である」
大公様のボルテージが上がっていくのが分かる。
「この場にいる全ての者たちは戦士である。攻撃を担うもの、囮となるもの、防御を担うもの、そして、治癒を担うもの……」
そっか、わたしも、この人たちと一緒って言ってくれたのか。
「全ての民が、全ての戦士であるフィヨルトに、大公フェイグフォナヴォート・フォート・フィヨルトが身命を賭けて指示を述べる!!」
胸がどきりと鳴る。
「戦え!! 守れ!! 抗え!! 足掻け!! 最後まで、最後まで……、フィヨルトたれ!!!」
広場に、士気が絶賛爆上がり中の歓声が轟いた。
「勝利の盃は全員に行き渡っているな。では……、フィヨルト・ファナ・フォート!!」
「フィヨルトの民と大公に!!」
どうやらこれがこちらの乾杯の音頭らしい。とりあえず、流されながらわたしも盃を掲げた。
◇◇◇
「では、出陣祭の作法に則り、これより出し物を披露していただく」
演説を終えた大公様に代わり、国務卿が前に出て言った。ちょっと待て? 出し物? 披露? なんだそれ。
「一番! 第1中隊長、ヴェンデルヴァーンが剣舞をお見せしましょうぞ!!」
なんか、宴会芸が始まった。
もっかい言うぞ、なんだそれ!?
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