第32話 訓練、訓練、訓練、そして





「盛り上がっておりますね」


「えっと、ああ国務卿さん」


「ドルヴァディールです」


 ああ、そんな名前だった。忘れていたわけじゃないけど、すぐ出てこないくらい、この国の偉い人たちの名前は長い。


「すみません。お名前が長い方が多くって」


「良いのですよ。それよりも、感謝を申し述べたいと思いまして」


「感謝ですか?」


「ええ、先ほど閣下が仰っていた通り、私も聖女殿を光と感じています」


「大袈裟ですよ、大袈裟」


 両手を前に出して、振って見せる。わたしなんて、いや、結構すごいかも。


「この中で、フサフキの技を習得しようなどと本気で考えているのは一部の者でしょう。まあその一部に閣下と姫様が入っているのが考えモノですが。ああ、ケートザインの小僧もでしょか」


 ふふっと渋い苦笑いを見せてくれる。格好良いじゃないか。


「そりゃまあそうかもしれませんね。あと数日でって言うのは流石に」


「それでも良いのです。今回の氾濫規模は、はっきりと言って絶望的な数字です。ですが、毎回そうなのですよ」


 国務卿さんの言葉は重たい。そうなんだ。毎回覚悟を決める必要があるほどなんだ。


「前回、10年前は氾濫規模自体は1万程度でした。それでも大型個体が現れ、メリトラータ様は……」


 ああ、そうだった。壊れた翼。フサフキ小隊だって、その時に大怪我をした人たちがいる。


 何となく国務卿さんの言いたい感謝の意味が分かってきた。


「空元気でも元気って言葉もありますものね」


「ははっ、良い言葉ですね。聖女様の世界の言葉でしょうか」


「そうですよ。小さな灯だって、灯は灯なんです」


「私たちは全力を尽くしましょう。たとえフィヨルトが滅んだとしても、フォートラントへ流れた者が、記録を伝えることでしょう。聖女様の技を残すこともあるかもしれません」



「滅んだりなんかさせませんよ。滅びません。こんなに凄い人たちがいるんですから、そして、はばったいけど、わたしがいますから」


「……運命か、それとも偶然かは分かりません。ですが、今この時に聖女様がいらっしゃることを、心から幸いに思います」


 国務卿さんは、初めて晴れ渡った笑顔を見せてくれた。つられてわたしも笑う。悪い笑みになっていなきゃいいんだけど。



「では、私も本気で修練といきますか。こう見えても、ケートザインや姫様よりは使えるのですよ」



 やっぱり強キャラだったか。私の目も曇ってはいないようだ。いやまあ、テンプレなんだけどね。



 ◇◇◇



 さて、それからの日々は、まあとんでもなく濃密なものだった。



 朝は早い時間から、第4以降の中隊とローテーションして、フサフキ小隊合同で甲殻獣狩りに勤しむ。流石に北西の氾濫方向には行かなかったけど、それでも狩りは重要だし、小隊の連携も良くなってきている。さらに言えば、第4から第8までの中隊には、わたしの力を納得させることが出来た。よしよし。


 第1から第3中隊と言えば、実はこの3隊は大公国の精鋭らしく、氾濫時は大公様もしくはフィヨルティアが自ら指揮をとって、フィヨルト大隊となるらしい。中型甲殻獣とガチでやりあうような化け物揃いだそうな。ふふふ、今のわたしに勝てるかな? まあ、わたしは致命傷でない限り永久機関みたいなものだけど。


 彼らは現地出身の狩人たちと協力して、北西方向、つまり氾濫の一部を渓谷から逸らすように間引いているらしい。毎日のように怪我人が戻ってくる。



 そして夕方からは、フサフキ講座の開催だ。流石に希望者全員というわけにはいかず、各所属から軍務卿に選抜された。柔軟な思考を持つという、よく分からない基準で集まってもらった、全体的に若い人たちだ。


 なんと最低年齢、8歳。男女比は7対3といったところか。この8歳の男の子は、例の広場で襲い掛かって来た子供たちの一人で、臨時特務第10中隊の一員ということになっている。


 そういうことだ。臨編第9から第12までの4中隊、約500名は、戦えると判断されたソゥドの持ち主が「市民」から選ばれた。年齢問わず、性別問わず、そして志願する意思を持つ者たち。それがなんと2000も出てきて。そこから選ばれたというから、この国の有り様が理解できるというものだ。



 近衛が50、各中隊が合計約1000。そして臨時編成の中隊で500。その他、狩人や疎開村の駐屯部隊、バラァトからの援軍を合計して、大体2000。


 つまりこの国の5人に一人が戦闘に直接立ち向かうことになる。



 ◇◇◇



 そうやって訓練したり、教導したり、フォルナにちょっとしたアイデアを言ってみたり、会議をしていたりしたら、いよいよ迎撃まで3日という時間が経過していた。早いよ、早い。



 今日が、ヴォルト=フィヨルタで行われる最後の会議だ。後は現地に到着してからの連絡のみ。


「全軍の出陣準備はどうか?」


 大公様が軍務卿に問いかける。


「はっ! ヴァート様とも調整し、問題なく現地向けて出陣可能です。疾病などによる欠員は30名程ですが、志願者たちにより補充は完了されています。また、負傷者は存在しません。全ては聖女殿の貢献です」


「うむっ!! 聖女殿、心から感謝する」


 ずばっと会議場にいた全員が、頭を下げる。やめてくれー。


「感謝は早すぎますよ。戦って、生き残って、勝利してからです。その後、わたしが元の世界に戻るとき、その時に存分に感謝してください。金塊くらいなら受け取りますから」


 こういう調子の良いことを言ってしまうのがわたしなのだ。伊達にヒールをやっちゃいない。


「ははは。流石は聖女殿よ。いう事が違う」


 珍獣ではないからね。



「それで、聖女殿から見てフサフキの技、『シントーケー』を簡単にでも習得出来た者はどれくらいであろうか?」


「そうですね、大公閣下、フォルナ、ケートザインさん、近衛と各中隊から2、3名づつ。あと、第10中隊のヤード君をはじめ臨時中隊から5名くらいでしょうか。ああ、勿論軍務卿と国務卿も」


 微妙にヴァートさんの表情が暗い。いいじゃない。お兄さんの適正はそっちじゃないんだから。


「ああいやその、大体は分かったが、そのヤードというのは?」


「広場の子供ですよ。8歳の」


「ああ、あの。将来をどう思う?」


「有望なんてものじゃありませんよ。胸がキュンとするくらいです」


「持って帰るつもりではあるまいな?」


「まさか、未来と才能ある子供たちは、ちょっと離れたところで愛でるのが通のやり方というものです」


「聖女殿との語りは楽しいな。だが」



 国務卿がゴホンと咳払いを入れた。



「議事の進行をお願いいたします、閣下」



 怒られた。



「ああ、ひとつ言い忘れていました。今挙げた方々は、この戦いが終わった後、活躍次第で『フサフキ免許皆伝』を与えますので頑張ってください!」



 会議場に笑い声が響く。これでいいんだ。



 ◇◇◇



 時間が少々流れ、いよいよ議題も尽くされようとしている。


 兵站について、ヴァートさんが株を上げたこと。良かった良かった。


 国務卿が出陣するので、フィヨルタの防衛責任者が、農務卿に押し付けられたこと。何考えているんだか、国務卿さん。


 外務卿はいざという時のために、バラァトに配され、本人が不満たらたらだったこと。



「では、これにて閉会とするか。最後にひとつ」


 おお、なんか重たい訓示が来るか? それとも士気上げるお言葉があるか?


「明日、早朝よりヴォルト=フィヨルタに公都に残った全員を集め、『出陣祭』を行う! 準備は良いな、ヴァート?」


「はっ! 万事恙なく」



 なんだそれ?



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