第30話 第2回対甲殻獣氾濫対策会議
「聖女殿の側から、なにやら恐ろしい報告があるようだが、とりあえず今は氾濫に関する報告を優先したい。ヴァート、任せる」
「はい」
ここは、例の会議室だ。壁には大公国のバナーがあり、各所に骨が沢山。別に大公様は一段上に座っているわけじゃない。多分この世界の上座らしき場所、要はテーブルの一番壁側の短辺に一人座っている。
席次はどうとして、前回の会議と同様に、多分この国の主要な人物が揃っているんだろう。
「甲殻獣氾濫は、大河の西岸に沿った形で進行中です。進行速度は予測の範囲内と言えます。現在、先鋒はトルヴァ渓谷の北東20キロ地点、タルラ村近辺に迫っています。勿論経路上にある村々は全て退避は完了しており、2日以内にフィヨルタに収容可能です。国務卿?」
「はい、氾濫経路にあたる三つの村の人員を収容する準備は完了しています」
国務卿さん、ごめん、名前忘れた。仕事が出来そうで、秘めた力がありそうな印象のおじさんだ。
「先ほど申し上げた通り、氾濫の進行速度は想定範囲内、と言うか、むしろ遅いくらいではあります。このままの速度が維持された場合、トルヴァ渓谷への侵攻は3日後、防衛予測地点へは7日後が予想されます。ですが……」
「……続けよ」
言い淀むヴァートさんに、大公様が被せる。どうにも良くなさそうな内容だ。
「今のところ氾濫に大型種は確認されておりませんが、中型、小型、併せて総数45000程度が観測されました」
「よ、よんまんごせん!?」
「間違いでは」
「そんな数、聞いたことも」
会議参加者たちが思わずと言った感じで声を上げた。よっぽど酷い数字なんだろうか。
「鎮まれ」
大公様の一言で、場が沈黙する。
「続けよ、ヴァート」
「……はい。数が多すぎるが故に、一部は渓谷を外れ西部に向かうことも予測できますが、最低でも……四万以上が渓谷に侵入し、そして侵攻することは確実です。これは、経験を積んだ偵察隊、そして地元の狩人たちの意見を統合した、紛れもない事実と受け止めてください。もし違っていたならば、僕の立場と命をもって責任を果たします」
つまりは、絶対ってことだ。さて、4万という数が多いのか少ないのか? 周りの反応を見るに、少ないってことだけは無さそうだけど。
「馬鹿なっ! 4万だと、最悪の2倍以上ではないか!?」
名前も知らない誰かが答えを教えてくれた。
倍以上だってか。確か最悪で300人が無くなった氾濫があったって、フォルナが言っていたような気がする。これは、ヤバいんじゃないか?
会議場もざわついている。半数程度が現実を受け止められていないのか、誤報ではとか、あり得ないとか、現実逃避的なことを言っているのが気にかかった。これは士気ダダ下がりなんじゃ。
◇◇◇
『我らはフィヨルトである!!』
3名の声が同時に発せられた。大公様、ヴァートさん、そしてフォルナだ。3名の共鳴は続く。
『初代より全ての困難を跳ねのけ、繫栄を築き上げた者である!!』
会議場にいる全ての者たちが立ち上がり、沈黙した。
『全てに打ち勝ち、そしてこれからも、勝ち続けるそれが』
『我ら、フィヨルトである!!』
皆が膝を付き、彼らの言葉を傾聴していた。士気が下がる? 冗談じゃない、これは凄い。部外者のわたしですら、心に何かが灯るような、そんな熱気だ。
「総員、状況報告!」
ヴァートさんが叫ぶ。
「避難民の受け入れは全て問題ございません。さらにそこから戦闘員の抽出作業を開始いたします!」
まずは国務卿だった。
「早刈りにはなりますが、一部の麦を先行して備蓄に回しております。1か月、いえ2か月を確保いたしましょう!」
これは多分農務卿。
「フォートラントへの通達は、5日前に送られていますが、援軍が間に合うとは思えません。いえ、むしろフィヨルトの力をフォートラントに見せつける好機かと」
やったらめったら、不敵なのは外務卿。
そして。
「第1中隊。現在はトルヴァ渓谷砦の補強、改装に取り掛かっております。ご指示を」
「第2中隊同じくです」
「第3中隊も同じく」
ヴァートさんがちらりと大公様を見て、そしてうなずかれたのを確認してから発言する。普段の優しげさが消えたように、叫ぶように。
「2日後より、臨時特務第9中隊から第12中隊を編成し、補強作業に向かわせる。業務交代後、第1から第3は、少しでも甲殻獣の氾濫を西方に向けるべく、遊撃戦闘に当たれ!!」
「了解いたしました!!」
ねえ、臨時特務中隊って、まさか? 小声でフォルナに聞いてみた。震えが止まらない。
「民間人ですね。戦いに参加可能なソゥドを持つならば、年齢を問いません」
フォルナは、血を吐くように言った。つまり。
「まさかと思うけど、広場の子供たちって」
「ええ、間違いなく選抜されるでしょう」
奥歯が割れるんじゃないかと思った。そこまでなのか、そこまでやらなきゃならないのか?
だけど、会議という名の命令は続く。
「第4から第8中隊は、遊撃戦闘と聖女様を守るべく連携を深めよ! 本日は第7中隊だったな。どうだった?」
「聖女様と姫様のお力を存分に見届けることが出来ました。敢えて言いましょう。お二人は氾濫における光となると、小官は確信しております!」
「そこまでなのか?」
「詳しくは、お二人にお聞きください。小官には表現しかねるとしか言いようがありません」
「そうか、わかった。狩れるのか?」
「狩れるどころではありません」
「ならば、第4から第6、そして第8中隊。明日より4日、おのおの狩りまくれ! そして聖女殿の力を見極めろ!」
「了解いたしました!!」
あれは、第4、5、6、そして第8の中隊長だろうか。チラチラこっちを見ているけど、不安そうだ。早いとこ払拭しないとな。明日が勝負かな。
ふー、と息を吐いたヴァートさんが大公様を見る。
「妥当で適切な指示だ。俺より上だな、ヴァート」
「恐縮です」
「軍務卿、申し訳ないとは思うが、臨編部隊の選抜を任せる」
「お任せください」
やたら大柄なおじさんが軍務卿だったか。アレも強いな。
「最後に、聖女殿だ。何をやらかした?」
来たかあ。
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