第23話 甲殻義肢





 それはとても微妙というか、わたしにとっては余り嬉しくない光景だった。


 昨日、私が治療と言うかハイヒールしたのは、大体のべ100人くらい。それでもわたしの力は問題なかった。つまりは、やっぱり、わたしのヒールは蹴っ飛ばした相手のソゥド力を使って回復させているのだと、フォルナとメリッタさんに判断された。実際わたしもそう思う。


 で、目の前の状況だ。


 戦傷者、もしくは傷痍軍人とでも言うのだろう。要は、甲殻獣との闘いで取り返しのつかない怪我を負ってしまった人たちだった。軍人7割、狩人2割、一般人1割というところらしい。


 脚、腕、付け根から失った人から、手首や指など様々だ。中には目や耳をえぐられたらしい人もいる。痛々しい光景としか言いようがない。だけど、一部に変わった格好の人もいた。


『甲殻義肢』


 なんでもフォルナが開発したものらしく、甲殻獣の骨と腱と関節包と、そして外殻を『守り石』と接合させることで、ソゥド力を流すと自らの体と同じように動かすことが出来るそうだ。凄い発明であることは間違いないし、フォルナの存在はその力よりか、甲殻獣の素材をどうやって有効活用するかという、研究者としての側面が評価されているらしい。凄い。


 さすがに目とか耳を損傷している人はどうしようもないらしい。けど、手足の欠損でも甲殻義肢を付けている人とそうでない人もいる。



 ◇◇◇



「付けている人と、付けてない人って、何か理由あるの?」


「はい。『守り石』とソゥド力の相性があるようなのです。時間をかけて、力を流し込んで、その上で自分の手足だと思いこまないと、動かないようなのです」


「適正みたいのがあるってこと?」


「そうですね、例えば……」


 そう言ってフォルナは足元に置いてあった、巨大な腕を手に取った。そして、それに右手を突っ込み、なんと言うか、これは装着としか言いようがない。


「わたくしはどうも、適正があるようなのです」


 巨大な、通常の人間の3倍スケールの右腕が、まるで、当たり前のように動き、振り回される。ただし、手首から先は無い。


「適性があったのが原因かは分かりませんが、なんとなくやってみたら、出来てしまったというのが本当のところです。周りはもてはやしてくれましたが、単なる思い付きなんですよ」


 などと、フォルナはその巨大な腕を外しながら言った。


「もうご想像できているでしょうが、本日の仕儀は、彼らの古傷をどこまで癒すことが出来るか、です」


 メリッタさんが優しく、だけどちょっと心配そうに語り掛ける。


 そうだよね。この人たちに余計な希望を持たせているのが理解できる。ご当人たちも分かってはいるだろうけど、それでも、やっぱり……。


「では聖女様、お願いします」



 ◇◇◇



 結論から言えば、完敗だった。


 欠損部位を抱えた人たちを、わたしは誰一人治すことが出来なかった。小指を失っただけの、そんな人でも治せなかった。悔しい、悔しいなあ。


「理屈としては予想はしていました。要は、当人がどう思っているかと、時間の関係だとは思います」


 フォルナは慰めてくれるけど、理屈も分かるけど……。彼らは、失った事を認めてしまっているのだ。それが当然と受け止め終わってしまっているんだ。


 だから、治せない。


「ごめんなさい……」


 頭を下げて、この実験に付き合ってくれた方々に謝罪した。変な希望を持たせてしまって、ごめんなさい


「わたくしも申し訳なく思っています」


 フォルナも皆に頭を下げる。


「謝ることなんてありませんよ、お嬢、聖女様。確かにちょっと期待はしちまったけど、いいんです。先祖代々、俺たちみたいなのは幾らでもいるんだし、誉れ傷ってもんですよ」


「それにほら、お嬢様が造ってくれた、甲殻義肢も、すげえ使い勝手がいいんですよ。狩りは無理でも、農作業くらいなら、幾らでも出来ます」


 フォルナは目を赤くして、頭を下げている。涙が落ちる。


「うおっと!」


 実験のために、甲殻義肢を外してヒールに付き合ってくれた、一人の男性が膝をついた。


「ああこりゃ、一旦外すと元の感触に戻るのに、ちょっと手間取りますね。俺は適正が薄いから。あっ!!」


 その男性の甲殻義肢は、脛のあたりで折れていた。


「あ、あああ! すみません、すみません! せっかくお嬢様に造っていただいたのに!」


「良いのですよ。また造り直せば良いのです。気になさらずとも良いのです」


「で、でも、俺、この義肢、とても大切で……」



 ◇◇◇



 甲殻獣の素材を使った義肢。凄い技術だ。それを動かす、『守り石』とソゥドの力。これも凄い力だ。


 そして、わたしの力は。


 ふと、思いついてしまった。


 相手を絶望させるかもしれない。でも、これはやっておくべきことだ。やらなくちゃいけない。そう自分を言い聞かせて、男性に声をかける。


「すみませんけど、その義肢に力を流し続けて貰えますか? 普段と同じように」


「そ、そりゃ出来るけど。だけど……」


「お願いします。失敗するかもしれません。けど、これはとても大切なことなんです。お願いします」


「わ、わかった」


 わたしは、彼の義肢に蹴りを叩き込む。治れと、治れと、そう意思を込めて蹴り飛ばす。


 薄緑色の光が立ち上り、そして、彼の甲殻義肢は、元の姿を取り戻した。



 つまりはだ。わたしは多分、甲殻獣をヒールできる。出来てしまう。そういうことだ。



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