第22話 ヴォルト=フィヨルタの片隅で行われた、よく分からない修行の様




 ぱぁん、どっぱぁん。



 訓練場に響き渡る音は、わたしとフォルナが発しているものだ。


 仕立て直されて、ぴったりとフィットした黒い軍服と、上腕、脛、そして胸元に着けられた甲殻は思ったよりも軽い。どうせわたしの場合、甲殻に力を通すことが出来ないけれど、少しでも生存性を高めるための装備というわけだ。格好良いし。


 ちなみに、わたしよりフォルナの方がはるかに速い。悔しいけど、それが現実だし、ソゥドにどれだけ触れ合ってきたか、どれだけ理解しているか、その差なんだろう。当然、負けてやる気なんかどこにもない。絶対追い抜く。それくらいの気概がないと、10日間で戦える身体は作れるはずもない。


「お嬢様、もう少し聖女様に合わせてください。それでは直掩として不合格です」


 メリッタさんの声が飛ぶ。そうなんだよ。どうやらフォルナはわたしの護衛ってことになったらしい。もちろん普段の話じゃなく、氾濫に対峙するときだけど。


 フォルナの力はフィヨルトでも上位に入るらしい。10番手以内は確実だとか。メリッタさんは論外としても、残りの8人が気になるところだ。大公様は間違いない。あとは、筆頭様の、ええと、ケートザインさんくらいしかわたしには分からん。どうせどっかからビックリ箱みたいに強者が現れるんだろう。国務卿あたりが怪しいな。


 けど、いつか、いいや近いうちに全員ぶちのめす。わたしがいつまでこの世界に居られるのかは知らないけど、ここでも力を得て、見せつける。それがわたしだからだ。



 ◇◇◇



 さて、例の三者会談の翌日だ。


 ヴォルト=フィヨルタの訓練場の一角、雑な起伏のある地面に大量の丸太が突き立てられている。わたしとフォルナをそこを駆け巡っていた。わたしは蹴りを、フォルナは例の骨に力を通して、それぞれ丸太をぶっ叩いているわけだ。冒頭の音がそれだ。


「フォルナっ! そのままでもいいよ!」


「いけません、聖女様。気概は分かりますが限度もあります。お嬢様、聖女様が付いてこれるぎりぎりの速さを意識してください。お嬢様が聖女様を引き上げるのです」


「はいっ!!」


 まったくもってメリッタさんは頼もしい。要は二人ともを伸ばそうとしているのが伝わってくる。わたしは力の底上げ。フォルナは力の制御。理解は出来るけど、そうそう簡単な話じゃない。けど、それをぎりぎりのラインでやらせようとしている。おっかないわ。



 ◇◇◇



「まず、フミカ様には、ソゥドの力を高めてもらいます。もう一つは、回復の力ですね。どれくらいの程度で、どれくらい回数が使えるかを効率的に検証する必要があります。時間がありません」


「それは同感。明日からガッツリやりますか」


 さっき骨折を直したばかりのフォルナは凄く冷静に言った。切り替えと覚悟が凄い。


「では、午前中は聖女様とお嬢様の動きをお互いに確認しあいましょう」


「え? フォルナもですか?」


「わたくしも?」


「ええ、お嬢様におかれましては、聖女様の直掩を担当していただきたく思います」


 ええっ? わたしの護衛? フォルナを? いいの?


「大公閣下からの許可はわたくしが得ます。作戦担当部門にも話を通しておきましょう」


 ああ、それ、有無を言わさんってやつかあ。決定事項ね。


「はいっ! 全力を尽くします!!」


 フォルナといえば、やたら嬉しそうだ。いいのかそれで。


「そして午後については、どこまで回復の力を使えるのか、それを確かめます」


「どうやって、て言うのは愚問かあ。ほんとにやるの?」


「それは勿論」


 黒いなあ、メリッタさん。真っ黒い笑顔だよ。



 ◇◇◇



「ではトルネリア卿、よろしくお願いいたします。まだ聖女様の回復の力がどれほどかは不明です。ですので、本日の訓練では、軽症者を数名程お願いいたします」


「あ、ええ、はい。最善を尽くしましょう」


「ありがとうございます」


 ケートザインさんとメリッタさんの会話である。物騒この上ない。


「状況次第で、負傷者の数と重症度を上げていきます。フィヨルトのため、覚悟を固める様、訓示をお願いいたします」


「はい……、最善をつ、尽くします」


 ケートザインさんにはご愁傷様としか言いようがない。士気が保てることを祈るばかりだ。



 ◇◇◇



 で、目の前には、10人程の軽傷者? なんかヤバそうなのもちょっといるけど、まあ全員けが人が転がっている。


 だから、蹴る。


 すんごい申し訳ない思いで、とりあえずソゥド力を信じて蹴る。


 そこかしこから薄緑の光が立ち上り、全員が完治した。しやがった。凄いな、ハイヒール。


 微妙な表情で立ち上がる兵士たちと、そしてわたしとフォルナと、ケートザインさんに無情なセリフが届けられた。


「なるほど、これほどのものですか。これならば予定を早めてもよさそうですね」


 当然のメリッタさんだ。


「では、あと1時間ほど聖女様とお嬢様は先ほどの訓練を。トルネリア卿におかれましては、もう少々けが人を増やしていただけますか。もちろん、氾濫に間に合わないような怪我は避けてください」


「は、はい、さいっぜんをつっくしましょう」


 ごめん。ケートザインさん。



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