第20話 壊れた翼




 混乱した頭で必死に思考する。


 メリッタさんが、フォルナとヴァートさんのお母さん? え? 若すぎない? 見た目20代後半だよ。しかも、苗字いや、この場合は家名なのかな。大公様も、フォルナもお兄さんも「フィヨルト」、つまりこの国の名前だったはずだ。なのに「ヒッター=フィヨルティア」、「士爵」? いかん、この国の制度や序列が分からない。



「混乱させてしまって申し訳ありません、聖女様。確かにわたくしはヴァート様とフォルナお嬢様の母親です。ですが今、それは些事です」


 メリッタさんは決然と言い放った。凄い迫力だ。


「母上……」


「お母様……」


 些事扱いされたお二人がため息交じりに顔を俯ける。大公様に至っては、手で目を覆い、露骨にため息をついた。どういう関係なんだ、この人たち。


「お母様は、その……」


「お嬢様?」


「ひぃっ!」


 フォルナが何か言おうとしたら、メリッタさんがインターセプトしてきた。ビビってる、ビビってるぞ、フォルナが。


「まずは力で持ってお見せしましょう。その後ご説明いたします」


「分かりました」


 有無を言わせぬ、という事だけは分かった。圧がとんでもない。


「今から聖女様を襲います。当然、お怪我などはさせません。ですが、そうですね。出来る限りの力を込めてください。最低限、眼で、わたくしの動きを追ってみてください。座っている場合ですか?」



 わたしは弾かれたように立ち上がった。椅子が後ろに吹っ飛んでいったけど、知ったことじゃない。


「三つ数えたら行きます。ひとつ、ふたつ……」


 全力で集中する。ソゥドの力よホント頼む。そしてさらに全力で脱力する。じゃないと対応できない。そんな予感、どころじゃない、確信がある。



「みっつ」



 メリッタさんが消えた。冗談抜きで消えた。そっかあ、残像すら残らないかあ。


 わたしとメリッタさんの距離はテーブルを挟んで5メートルほどあったはずだ。それでも消えた。



 ぶおん!!



 何かが私の後ろから、耳元を掠めるように吹き抜けた。そして、頬に温かさを感じる。匂いも。って、これ血だろっ!!


「……し、つれい、いたしました。お顔を、汚して、しまったよう、です」


 後ろから、息を切らせたメリッタさんの声が聞こえた。


 ゆっくりと振り向く。素早く動いたらぶっ殺されそうな気がしたからだ。冷や汗がすごい。



 そこにいたのは、荒く息をつきながら、ひね曲がった右腕からぼたぼたと血をこぼしているメリッタさんだった。



 ◇◇◇



「ご理解、いただけましたか。今のがわたくしの、力、です」


「聖女殿! 頼む!!」


 メリッタさんに被せる様に大公様の叫び声が届く。頼む? 一瞬理解が追い付かなかった。


「回復! 回復を!!」


 今度はフォルナだ。そこでやって気が付いた。


 わたしはなるべく軽く、だけど思いを込めて、メリッタさんの腕を軽く蹴った。


 ハイヒールが薄く輝き、みるみるうちにメリッタさんの腕が元通りの形になっていく。メリッタさんは軽くうめき声を出したが、それでも呼吸は元に戻ったように感じる。


 ハイヒールの嫌な検証だ。メリッタさんの息が荒かった原因は不明だけど、わたしのハイヒールが疲労も回復するかどうか、それも確かめないと、と心の隅っこに留めるけど、今は目の前の状況だ。


「ありがとうございます、聖女様。わたくしにも効果があるのですね。素晴らしい力です」


「フォルナが言った通り、『フィヨルティア』は最強の者に与えられる称号だ」


 大公様の声は、沈んでいる。ヴァートさんは悲しそうで、そしてフォルナは涙を流していた。


「10年前だ。大型個体が現れ、メリトラータは最強のソゥド使いとして、それと戦った……。最終的には独りで、戦った。俺も、他のだれも、その戦いについていくことが、出来なかった……」


「氾濫に至るまえに大型個体を倒すことは、出来ました。ですが、わたくしはそこで壊れてしまったのです。ソゥド力の制御を失い、今、お見せしたザマです」


 メリッタさんが続ける。


「ですが、わたくしは欠片の後悔も持ち合わせておりません。当然フィヨルティアもそこの大公閣下に引き継がれるのが必然です。なのに……」


「直るかもしれないではないかっ! 今、聖女殿が癒してくれた。どうなのだ?」


 だけど、メリッタさんは軽く首を横に振った。


「お見苦しいですよ、大公閣下。終わったことです。ですが、わたくしと聖女様の組み合わせならば、存分に聖女様を鍛え上げることが出来ます。今、検証は終わりました。状況次第では、わたくしが戦線に戻ることすら可能かもしれません」


「自分を痛めつけながらか。そんなことが」


「繰り返しましょう。お見苦しいです。痛みなど、フィヨルトを守るすべての戦士たちが負うものでしょう」


 笑っている。メリッタさんが笑顔を見せている。昨日の夜に見たような、綺麗な笑顔だ。


「わたくしは嬉しいのですよ。わたくしはまた、国の役に立つことが出来る。直るかもしれないからという理由で保ち続けた称号にも意味があるのかもしれない」


「う、うむ。いや、その」


「だから今日、やっとあなたに感謝しています。大公閣下」



 怖えぇぇ。やっとフォルナの言っていた意味が分かった。



 『あらゆる意味で、誰も、かないません』



 ねえ、これって、原因は重いけど、夫婦喧嘩じゃない? しかも10年越しの。


「それでは聖女様。明日からよろしくお願いいたします。壊れた翼ではありますが、全力で羽ばたいて見せましょう」


 ガンギマリだ。死ぬかも……。正直、そう思った。だけど。


 同時に、心の底から力が湧いてきた。ソゥド力は心の力。わたしだって武術家の端くれだ。ここまでの力と決意を見せられて、黙っていられるか。


「ありがたく頂戴いたします。ご指導お願いいたします」


 メリッタさんに負けないように笑って見せた。ただしこっちは悪役みたいな、やや黒い笑い方かもしれない。



 さあ、力を手に入れてやる。



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