第19話 フィヨルティア
「うわはははっ! それでおひねりを貰って、子供たちに菓子を配ってあげたと! まさに聖女の名に恥じぬ行為ではないかっ!」
大公様の大声が晩餐の場に響く。
まあ、そういうことだ。街の広場でポンポン子供を投げ飛ばしていたら、何故か観客から小銭を貰って、それでお菓子を買って、子供たちにあげた。舞台の出演者への報酬なのだから、なんもおかしいことはない。
おかげで、子供たちからはまた来てね認定をいただいた。まっこと聖女よ。
ここは、城というか大公邸扱いになっている、ヴォルト=フィヨルタの一角だ。わたしが出現したのも同区画だったらしい。よく撲殺されなかったなあ。
まあそれで、大公ご一家と晩餐を囲んでいるというわけだ。パンらしきものと、ソーセージらしきものと、ジャガイモらしき……、ああもういい、わたしの認識だとドイツ風料理みたいなのを頂いているところだ。大公様だからといって、優雅なコース料理ってわけでもないらしい。至って普通で、美味しい食事だ。メシマズ異世界じゃなくて良かった。
席についているのは、わたしと大公様、そしてフォルナとヴァートさんだ。後ろにはメリッタさんを含めて、何人かの給仕さん? らしき方々がいらっしゃる。
「それで、明日からはどうするのだ?」
「そうですね。やることは二つだと思っています」
「うむ」
「一つはわたし自身が戦えるかどうか。ソゥド力を含めて、この世界で研鑽を積みたいと考えています。出来れば、氾濫前に甲殻獣とも戦ってみたいとも」
「もう一つは、例の回復の力の検証、ということか」
「そちらも当然ですね。どれだけの範囲で回復を行使出来るか、検証する必要があると思います」
「申し訳ない。現状我らは、縋ることが出来るなら、何であろうともという状況だ。一人の戦士として、もし可能であれば回復の使い手として、聖女殿には期待しているのだ」
大公様が頭を下げる。もういいって。決めたんだから。
「もう頭を下げることは止めてください。フィヨルタは良い街です。大公国全部を見たわけじゃないですけど、街に住む子供たちは楽しそうに遊んでくれました。それで理由は十分です」
「投げ飛ばしていたのでは?」
「楽しそうでしたよ」
「ははっ、はははっ、聖女か、そうか、これが聖女なのだな! 子供を投げ散らかして楽しそうな、さしずめ『暴虐の聖女』と言ったところか!」
「流石にそれは酷すぎます。訓練して、ブチのめしますよ?」
「楽しみにしているぞ、はははっ!」
なんかこう、意外と気が合うんだろうな、わたしと大公様。こういうおっさん好きなんだよなあ。
◇◇◇
「さて、聖女殿が戦闘と回復、どちらがどの程度の仕上がりになるかは、フォルナに任せる。ヴァート、それに併せて作戦を練ってくれ」
フォルナはともかく、ヴァートさんには無茶振りくさい指示が出たけど、仕方ないんだろうな。ちょっと申し無さげにヴァートさんに頭を下げたら顔を赤められた。だからやめろって。
「氾濫までの予測は最大で15日でしたよね。とりあえず10日以内を目途に検証を済ませたいと思います」
「助かります。その頃には、氾濫の規模もある程度確定しているでしょう。聖女殿の安全には万全を尽くしたいと思います」
ヴァートさんはそう言うが、ありがたいけど、そうじゃない。
「いえ、わたしの安全よりも、確実に、出来ればですけど、氾濫を食い止める事を重視してください。どうせここまで来たからには、わたしも一人の人間として戦います」
「そ、そうですか。いえ、そうですね。お心に感謝します」
謙虚と言うか大丈夫かな、お兄さん。
◇◇◇
「閣下。発言お許しを」
「む? どうした?」
「私も聖女様の手助けを担いたく思います。ご許可をいただけますか」
「メリトラータッ……」
そんなことを言い出したのはメリッタさんだった。いつの間にか大公様の横に立ってわたしを見ている。ホント、どうしてここまで気配を掴ませないんだろう。
「お母様?」
「母上!!」
「は?」
今なんて言った!? つい昨日、フォルナはメリッタさんを呼び捨てにしていなかったか?
「本気なのか? メリトラータ……」
「昨日も申し上げましたが、聖女様は突然異邦から飛ばされて来たにも係わらず、国の危機に無条件に助力してくださるとおっしゃってくださいました。その心根、闘争に対する姿勢。さらに言えば、本日のフィヨルタでの行い。わたくしには感服以外の言葉がありません」
「ま、まあ、その通りだ。同意する。しかし、その」
「御下命、いただきたく存じます」
室内は静まり返っているのに、なんだ、この緊迫感。フォルナもお兄さんも、大公様も完全にビビってる。ウソでしょ?
「もう一度だけ、申し上げます。御下命、いただけますでしょうか」
「認める!! 認める!! メリトラータ・シスト・ヒッター=フィヨルティア士爵!! 聖女殿を導き、フィヨルトに勝利を!」
「賜りました。フィヨルティアの名に懸けて」
「ね、ねえ、フォルナ? メリッタさんって? フィヨルティアって?」
思わずフォルナに問いかけてしまう。だって、明らかに序列がおかしくない?
「メリッタは、いえ、お母様は、『フィヨルティア』です。フィヨルト最強の存在、です……。そして」
ぼそりと繋げた。
「あらゆる意味で、誰も、かないません」
なんだそれ。
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