第14話 甲殻獣氾濫、前兆
「まずは要点をまとめよう。本日この場で議題とすべきことは二つあった」
大公様が重々しく告げる。先ほどの大広間だ。
ちなみに私は濃緑色のトレンチコートみたいのを着ている。明らかに男モノで、丈が長いが結構格好良い。好きなんだ、こういうの。ちなみに内側は黒を基調として男物の軍装らしい。これも好みだ。問題は両脚のハイヒールなわけだが、『守り石』とやららしいので、色々と扱いが難しいそうだ。
「ひとつは本来の目的であった、甲殻獣氾濫の予兆についてだ。ヴァート」
大公様がお兄さんに話を振った。
「聖女殿におかれましては、名乗っておりませんでしたね。フォースフィルヴァート・ファイダ・フィヨルトと申します。ヴァートとお呼びください」
フォルナのお兄さんで、大公太子様ということになるのだろうか。すっごい丁寧で、イケメンだ。うん、悪くないぞ。
◇◇◇
「結論から申しますと、確定です。しかも最悪の状況が予想されます」
むむぅと、まわりが鼻を鳴らす。
「大型個体の出現と、食域移動がほぼ同時に起きている可能性が高いと見込まれます」
んん? どういう意味だ。
「せっかくですので、聖女様にもご理解いただくために説明いたしましょう」
フォルナが解説をしてくれるみたいだ。助かる。
「まず食域移動については、甲殻獣もまた獣であるということです。つまり、草食獣が一定の範囲の草葉を食べつくせば移動をすることになり、そしてそれを狙う肉食獣もその後を追うことになります」
確かに地球でも聞く話だろう。
「季節とかでも?」
「それもありますね。ですが、フィヨルト一帯は比較的温暖ですので、甲殻獣の移動は緩やかと言われています。初代がこの地を選ばれたのもそれが理由の一つだったようです」
「なるほど」
「そして、大型個体というのは、字のごとくですね。草食なり肉食なりの甲殻獣が大型化した場合です。同種で群れを大きくする傾向になります」
「移動が速くて広いってこと?」
「その通りです。さらに言えば、大型個体が肉食であれば、その群れに追われるようにほかの種が、さらに移動範囲を広くしてしまいます」
「ここからは僕が引き継ぎましょう」
お兄さん、ヴァートさんが説明を続ける。
「今回の氾濫の予兆は、ここ、フィヨルタより北西に50キロほどにあるアルタ村の狩人が発見しました。幸い、アルタ村はロンドル大河の東側にありますので、大河の西を進んでいた甲殻群には見逃された様です。ですが、問題なのは」
ヴァートさんが渋い顔をする。格好良いという意味じゃない。
「草食、肉食が混在した甲殻群が、通常の2割増しほどの速さで移動していたそうです。しかも、道中の森には食料もあり、そして、肉食獣が草食獣を襲う光景はそれほど多くは無かったと」
「つまり、単なる餌不足ではない。何かに追われている」
大公様が重たく、ため息のように言った。
「そこで僕たち調査班が移動中の群れを迂回して、森の奥に行ってみたところ、そこでは異常な光景、つまり餌が食い尽くされた甲殻獣の生活痕が残されていました」
なるほど、餌を食い尽くして移動し始めたところで、なんか凄いのに追いかけられたってことかあ。でも……、ここまで皆が緊迫感を持っているということは。
「地形か何かで、ここまで来るってことですか?」
「なかなかに聖女殿は聡明だ。そのとおり。ロンドル大河の西岸をそのまま辿れば、移動方向は限定される。間違いなく、トルヴァ渓谷を抜けて、フィヨルタの西部穀倉地帯に到達する」
苦笑いとも言った感じで、大公様が結論を述べた。
◇◇◇
「そして農地が見つかれば終わりだ。逃げながらも麦は食われ、荒らされ、フィヨルタの城壁が見えれば、獣どもは人間に襲い掛かる」
そういえば、フォルナの説明にあった。甲殻獣は、人間を積極的に襲う生き物なのだと。
「本来ならば、じわじわとフィヨルトの西側へ移動し、人間と接触するのも少数であったろうな。だが、何かは分からないが、おそらく、ロスポロス山の麓に大型個体が現れた」
「そして、丁度その時、食域移動を始めていた群れが一斉に逃げ始めたわけです。しかも方向が限定された形で」
結論をヴァートさんが言った。
なるほど、最悪というのはそういうことか。
最初は逃げて、しかも飢えて、人間を積極的に襲う群れが来る。そしてヘタをすると正体不明の大型個体の群れがその後にやってくる、と。ヤバイんだろうな。
「移動経路に予想される、3つの村には、すでに退避の指令を送った。とはいっても、逃げ先など、フィヨルタしかない。退避した村と公都の人口を合わせると、約7000。西部の畑が荒らされれば、半数は持たないだろう。そして直接、ここまで来れば、それ以上だ」
拳を握りしめた大公様が叫ぶように言い放つ。
「建国以来、最大の甲殻獣氾濫が予想される!! よって、フィヨルト大公の名のもとに、能う限りの防衛戦力を用意し、これに挑む! 防衛地点は、トルヴァ渓谷中部より南西部。獣どもを漸減しながら、農地を、公都を、国を守る!!」
広間に居た全員が膝をついた。わたしは立ったままだが、それでも皆に敬意を抱いた。国を守る、甲殻獣氾濫というものがどれほど恐ろしいのか、正直まだ理解はできていない。だが、命がけなのは伝わってくる。
◇◇◇
だから、わたしは彼らを尊敬する。そして。
「フィヨルト大公、フェイグフォナヴォート・フォート・フィヨルトからの願いである。強制ではない。命令も強要もしない。聖女フミカ・フサフキ殿、助力を願えまいか!」
大公様が深々と頭を下げた。文化としての意味合いは分からないが、重たい意味を持つのだろうとは、伝わってくる。
「そうですね。まだ昼過ぎですし、公都を見学させていただいてもよろしいでしょうか。助力の結論については夕刻にでも」
「速いな、おい!」
素になったのかな? 大公様が笑った。
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