第12話 てんいむい!!
「聖女殿がソゥド力を知らないことは良くわかった。むしろ、知らずにケートザインの一撃を躱したことは称賛に値する。それで、どうするか?」
「ええ、もちろん続けますよ。ただ、その前にその『ソゥド力』について、もう少し教えていただければと」
引き出せるものは引き出す。相手が大公様であってもだ。むしろ大公様なら喜んで教えてくれそうな気がする。
「そうだな。これは余りに面白い状況だ。いいだろう、教えてやろう」
乗ってきたぞ。
「ソゥド力は、言うなれば意思の力だ、心の力だ。わかるか?」
「つまりは、普段の筋力を意思の力で乗り越えて見せるということでしょうか?」
「しかり! しかし、それを為すためには、強い意志と長年の研鑽が必要だ。出来るのか? そなたに」
「出来る出来ないではありませんね。この場で無様に打ちのめされるかもしれませんが、それもまた経験です。そのような機会が与えられたのです。なんの遠慮も、なんの後悔もありませんね」
「素晴らしいぞ。ヴァート、そなたの嫁にどうだ?」
大公様が、多分息子さん、すなわちフォルナのお兄さんに語り掛けた。こら、わたしの意思を無視するな。
「それは、その」
そして、お兄さん、えっとヴァートさん、頬を赤らめるな。ヤバいから。
「お兄様の嫁など、勿体ないにも程がありますわ。わたくしがフミカ様と共に、この国を盛り立てていく所存です」
何故かフォルナも意思表示だ。
「人気ではないか。流石は聖女よな! しかし今は目の前の武威よ。さあ、どうする?」
「もう一度確認いたします。ソゥド力は、心の力、意思の力、間違っていないでしょうか。そして筆頭様にお怪我をさせても構わない、ということで」
「まさに! 意思が心が、望むものを実現させるのだ。出来るのか? 聖女殿」
「仰せのままに。とりあえずは、目の前の筆頭様を沈めてご覧にいれましょう!」
「ははははは、聞いたかケートザイン。先ほど尻もちをついた小娘は、お前を倒すらしいぞ!!」
「そのようですね。では当然、私も聖女様を倒すべく力を振り絞りましょう」
筆頭様が嬉しそうだ。うん、こっちも嬉しいよ。こういうノリは大好物だ。
わたしは立ち上がり、数歩身を引いて軽く前傾姿勢を取る。構えというよりは、対応用の自然体といったところだ。
「では、一手、いえ、わたしが耐えられる限りの手数で、ご教示お願い出来ますか」
軽く、右手を前に出す。
「こちらこそ、フィヨルトとソゥドの力、お見せいたしましょう」
◇◇◇
その瞬間、筆頭さんが、ブれた。わかっているよ。目の前だろ、ほら。
そして、当然躱せない。さっきより速い上に踏み込みも大きい。わたしに怪我を負わせることを躊躇していないんだろうな。
だからわたしは、捌く。
「にゅおわりゃぁ!」
突き出された棒の先端を、右手の甲を使って弾くように流す。甲の皮膚が削られて、血が迸るのが見えた。ゆっくりと。
つまり、やっぱり『ソゥド力』は存在している。
普段より、わたしの力も速度も集中力もが一段上になっている。でも、全然足りていない。
右手で若干軌道を逸らされた棒は、だけどそのままわたしに迫ってきている。わたしはその先端を左の手のひらで受け止めて、そのまま後ろへ飛んだ。傍目から見れば、吹き飛ばされたように見えるだろうし、実際半分その通りだ。
わたしの身体はゴロゴロ転がり、壁に叩きつけられたところで止まった。
「ぐっはあぁ!」
捻りも入っていたかあ。左手のひらも血に染まっていた。
「なんで立てる?」
「フミカ様……」
「見事、見事!」
広間には色んな声が響き渡り、わたしはゆらりと立ち上がって、そしてニヤリと笑って見せた。これぞヒールの矜持ってやつだ。
「さて、一手いただきました。二手目、お願いできますか?」
「ええ。分かりました。聖女様がどれほどのものか、この身をもって!」
◇◇◇
10分ほど経っただろうか。広間は静まり返っていた。
状況はと言えば、無傷で大した汗もかいていない筆頭様。片やこちらは、全身血まみれ汗まみれで、荒い息を吐きながら、なんとか立っている。チャイナドレスもボロボロで、わたしも周りも余り嬉しくないセクシー状態だ。
さて、見た目には勝負ついた後の悪あがき状態かもしれないけど、実は状況は最初と大した変わっていない。
いやむしろ、わたしに分が出てきている。根性でくらって、粘って良かった。
周りの人たちはどれくらい気が付いているかな? フォルナと大公様と一部の武官さんたち、そして筆頭様くらいかな?
ひとつ、筆頭様は3合ほど前から速度が上がっていない。限界とまでは言わなくても、多分、このあたりがほぼ全力なんだろう。
ひとつ、わたしの中の『ソゥド力』がちょっとだけ、成長している。力でも速さでも遠く及んでいないけど、なんとか見えるところまでは、来ている。集中力って大事。
ひとつ、わたしは満身創痍に見えているかもだけど、実はそうでもない。このまま出血していけば、5分くらいでダウンしそうだけど、骨も、関節も、筋も、筋肉も、要は稼働させたときに激痛が走るような箇所は無傷なんだ。当然、そう調整した。
最後にひとつ。
『芳蕗の技』は筆頭様、いい加減名前で呼ぼう、ケートザインさんの技術より、明らかに上だ!!
ケートザインさんの棒術は、凄い。どれくらいの修練を積めばここまで鋭くなれるのか、わたしにはちょっと想像できない。だけど、わたしの武はそれを覆す。
「まだ立ち上がるというのか……」
これはお兄さんの声だろうか。集中を正面に向けたわたしの耳には、なんとも判別がつかない。
「はっはっはっ! 凄いな。本当に凄いぞ!」
これは分かる。大公様だ。本当に分かっているんだろうなあ、わたしがどういう状態なのか。
「さてっと」
わたしはすくっと立ち上がり、これまでの前傾姿勢を辞めた。ただ真っすぐに、挨拶をするかのように自然体で真正面を向く。
「でんでこ、でんでこ、でんでこ、でんでこ……」
歌う。正確にはハーモニーを口ずさむ。著作権怖い。
「でんでこ、でんでこ、でんでこ、でんでこ……」
「な、なにを!?」
ケートザインさんがちょっと引いている。そりゃそうだろうさ。
「ぱーひゃー、ぱーひゃーひーあーりぃぃーー」
ドンッ!!!!
リズムに合わせたわたしが、一歩を踏み出す。わざと音を大きくした震脚が空気を震わせる。
「ぱーひゃー、ひーあーりぃらぁりぃいーー↑」
ドンッ!!!!
もう一歩。さて、相手は目の前だ。どうする?
「んらぱらたー、れらぱれらー、んーにゃーぱーらーりぃぃぃーー」
「ぬうぉおおっ!」
ケートザインさんの突きが来る。でも、動揺しているかな? 微妙に鈍い!!
突き出された棒に、左腕を巻き付ける。当然皮膚が破れ血が噴き出す。これで左は使えないかな?
だけど、捌いた。初めて後退せず、棒を捌き、わたしは前へでる。前傾へと移行し、脚を取りに行く形に持ち込めた。
ずべええええ。
そんな大見せ場で脚を滑らせて、前のめりに転んで滑っていくわたしがいた。
場の空気が凍り付いた。これが決着とか、流石にないわ。
「ばぁ!」
わたしは滑りながら寝ころびを打つ、すなわち仰向けに。そして、そのまま伸ばした右手が、相手の左足首を、確かに掴んだ。転んだ? ワザとに決まってるじゃん。
「てんいむい!!」
◇◇◇
実は『芳蕗の技』に所謂、型とか構えとか必殺技とか奥義とかに名前は無い。自己流だから仕方ない。そのうち、自称継承者のねーちゃんあたりが、香ばしいのを付けるかもしれないけど、関与はしない。
だけどただ一つ、わたしが名前を付けたいと思うモノがあった。技でも奥義でもない。「状況」だ。その状況になれば、負けが無くなる、勝ちが確定する。そういう局面を作り出したとき、一言ぼそりと言ってみたかったのだ。
「詰みだ」とか「チェックメイト」は在り来たりすぎる。だからわたしは温めていた。
どこかで聞いた『
そして、継承者たるねーちゃん(当時12歳)に相談したのだ。カッコよくね? って。半紙に筆で自分なりに頑張った達筆で『天衣無縫』って。
「うん、カッコイイ!! 凄いよ。えーっと『てんいむい』?」
「……そうだよ。格好良いっしょ。絶対に負けない、絶対に勝てる状況を作って、そこでこの言葉を叩きつけるんだ!」
「凄い! 凄い! 格好良い!!」
妹に勝てる姉というのは、なかなかいないらしい。
◇◇◇
まさか、初めてこの言葉を使うことになるのが異世界とは。でもまあいいや、いい土産話になるだろう。
「ぬぅああっ!!」
ケートザインさんが左脚を振り上げようとする。80キロオーバーの私を振り払おうと。
出来るのだろうけど、やらせはしない。わたしはその場で身体を折り曲げ、にゅるりとケートザインさんの左脚に絡みつく。この世界にこんな技はあるのかな?
それでも彼は諦めない。凄まじい力でわたしを蹴り上げようとするが、それは悪手だ。
ごきん。
ケートザインさんの足首が嫌な音をたてる。どんなに力があろうとも、いやまさにその力を使えばこそ、関節っていうのは壊せる角度に適切な力を入れれば壊れるのだ。
さあ、追撃だ。左脚一本で逆さまに放り上げられた格好になっているわたしの目の前に、ケートザインさんの頭部があった。
どごん。
顎に横から右肘を振りぬいた。そして、その反動を使って低く着地する。
頭の上を物凄い勢いで、棒が通過していった。わたしの肘に合せて振ったんだろうね。でも遅かった。
ケートザインさんの目は虚ろだ。脳を揺らしたからね。
じゃあ、仕上げといこう。これまたあるのかな? こちらの世界に。
「っこれが、聖女の、ハイキック!!」
棒を振り抜いたままのケートザインさんの右肩のちょい上、そこにわたしの左上段蹴りがさく裂した。彼の延髄に丁度ハイヒールのつま先が突き刺さる。
ケートザインさんは吹き飛ばされることもなく、くしゃりとその場に崩れ落ちる。
うん。衝撃を余さない、我ながら良いハイキックだった。
場は、静まり返っていた。うん、わたしの勝ち筋を想像出来ていた人はいたのかな?
「芳蕗の技。ご覧いただけましたか?」
わたしは血まみれで、ボロボロで、それでも誇らしく言ってのけた。
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