第11話 ソゥド力(力と書いてなんと読む)




「お父様っ!!」


 フォルナの悲鳴じみた声が響き渡る。


「わ、わたくしが聖女様であると、言ったのですよ!! それを、それを……」



 実際わたしは言われ慣れているので、大したダメージは入っていないわけだけど、どうやら周りはそうではないらしい。


 大公様に同調するようにわたしを蔑む目。もし本当に聖女だったらヤバいだろ、っていう微妙な目。本気で怒ってくれているのは、フォルナとメリッタさんくらいかもしれない。メリッタさんは視界に入っていないけど、後ろから圧を感じる。これは怒気だ。ヤバい。


 しかし、大公様は鼻で笑った。


「聖女とは、武に優れ、弁舌が達者で、なにより絶世の美貌を誇ったというではないか。そこにいる者にどれがあると?」


 うん、武にはちょっと自信があるけど、周りの連中みんな強そうだし、弁舌も美貌も無いのは自覚している。異世界チートも今のところ無いし、反論のしようもない。どうしたもんだか。


「ふむ、見れば分かるが、試してみるか。ケートザイン!」


「はっ!」


 なんか、いかにも近衛騎士のお偉いさんみたいのが登場した。30すぎくらいで、茶色い髪に赤い目、マジで赤目ってあるんだ。中肉中背、これは鍛えられてる。近衛騎士団長とかそんな感じだ。


「近衛筆頭、ケートザイン・グラト・トルネリアと申します」


 団長じゃなくて筆頭だったかあ。


「閣下の命により、試技を申し込みたく」


 なるほど。礼儀は正しい。だけど、もしかして、ホントにもしかしてだけど、ナメてないか? わたしが負けるのが確定している感じになってないか?



 わたしが、芳蕗文香だと知っていないのは分かるけど、それでも。



 わたしを弱者だと思っていないか!?



「大公閣下」


 わたしは、大公様にガンをつけて言い放つ。


「甲殻獣氾濫も間近だと聞き及んでいますが、その状況で、近衛筆頭様がお怪我をなさってもよろしいのですか?」


 大公様は一瞬あっけにとられ、そして、それはもう嬉しそうに笑った。


「意気やよし!! その一言でもって、俺はそなたを聖女殿と認めたくなっていしまいそうだぞ」


「ありがとうございます。心の次は、武をお見せしましょうか?」


 笑い返してやった。


「まさにだ。見るからに不格好で、力も漲らぬ身体で、どれほどのものが見られるのか。心意気だけをもっても、聖女にふさわしいと感嘆している。さあ、どうする? 戦うのか?」



 答えはひとつだ。


「ええ、もちろん」



 わたしは決して人類最強ではない。負け知らずでもない。大概の女性には勝ってきたが、ライバルの紗香とは五分五分だし、ましてや男性相手には、けちょんけちょんにされたことが何度もある。


 今回の相手は、明らかに強い。勝てるか負けるかで言えば、多分負ける。それで全然構わない。勝って得るものがあるように、負けて得るものだってある。



 さて、芳蕗の技、磨かせてもらおうか。



 ◇◇◇



 大広間のほぼ中央、ここでやっと辺りを見渡した。気が散ったわけじゃない。戦場確認だ。


 床は磨かれた石かあ、ハイヒールだと滑るかな。脱ごうかな。だけどなんかしっくり来てるんだよね。とりあえずこのままでいって、ヤバくなったら脱ぐとしよう。


 後は障害物の確認。半分がたは人ごみなので、まあそれはいいとして、窓の位置と段差だけはしっかりとしないとね。


 最後に相手の確認だ。得物はさっきフォルナが見せてくれた骨のような棒。ちょっと短くて細いかな。50センチくらいか。棒術みたいな感じなんだろうか。


 間合いは大体3メートル。お互いが一歩踏み込んだら交戦距離になりそうだ。


「武具は使わないのですか?」


 相手の筆頭さんが尋ねてきた。


「もともと素手での武術ですので」


「ほう……、流石は異世界といったところですか」


「わたしとしても、こちらの世界の常識が分かりませんので、なんとも。ですけど、どちらの世界でも同じことだと思いますよ?」


「確かに。勝ち負け、でしょうね」


 筆頭さんが獰猛に笑う。



 ◇◇◇



「始めよ!!」


 大公様の大声で勝負は始まった。



 べたん。



 それとほほ同時にわたしは尻もちをついていた。頭上には例の骨が突き出されている。


「速すぎでしょっ! しかも手抜きした上で寸止めとか!!」


 わたしは驚愕していた。そして同じく相手の筆頭さんも唖然としていた。


「ははっ、うわははははは!! 避けたぞ。力も籠めずにアレを避けたぞ」


 大公様は大喜びだ。


 そうだよ。わたしはへたり込んだんじゃない。避けたんだ。前後左右どちらもムリだったから下にだけど。仮に寸止めじゃなく、そのまま骨が押し込まれていても、わたしは無傷のタイミングだ。髪が何本か持ってかれるくらいかな。


 しかしここまで強いのかあ。こりゃマズい。相手はまだまだ本気じゃないし、多分一発でも貰ったらおしまいだ。



「しかし、解せんな。なぜ手を抜いておる」


 大公様がこちらを見て言っている。何言ってるんだ? 手を抜いているのは筆頭さんの方だろうに。


「なぜ力を籠めん? なぜ力を纏わぬ? 小さいながらも秘めているのは分かっておるのだぞ」


 本気でなに言ってるんだ、こいつ? オーラでも出せってか?


「まさかっ!?」


 横から、フォルナの声が響いた。


「……異世界、常識の違い……、フミカ様、『ソゥド力』という言葉をご存じですか?」


「ここでカタカナかっ! ああ、いや、知らない、知らないよ! っ!!」


 ここでピコンときた。


 なぜこの世界の人たちは皆強そうなのか? いくらわたしの性別が女性だからって、相手が多分上流階級のエリートだったとして。こちらに来て最初に戦ったフォルナは、なんでわたしの攻撃を躱せた? わたしより背が低くて、かなり細身で、筋肉を感じさせない細腕で、あんな無骨な骨を振り回せた?


 どうして気づかなかった。異世界だからって脳が茹でていたのかな。


 そういえば、こちらに来た時から絶好調だった。前の世界の試合直前のように、完璧にアップを終えたような状態がずっと続いている。だからこそ、さっきの突きを尻もちとはいえ躱すことができた。



 異世界要素……、『ソゥド力』。



「最初っから、魔力でいいじゃん!! なんで変なとこで、妙な単語出てくるの!!」


 叫ぶしかなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る