第10話 序盤に襲い掛かる、序盤終盤のイベント




「可能性が高い……」



 フォルナは難しい顔をしている。



 言葉を濁して国務卿さんは退室していった。多分、なんの可能性が高いのか、それをわたしに伝えるかどうかを、フォルナに託したのだろう。


 ちなみに伝令さんには、わたしの事、すなわち聖女が現れたことを、折り返し大公様に伝える役目が与えられたらしい。申し訳ない。



「で、可能性って?」


「……甲殻獣氾濫、です」



 ああ、なるほど。これはアレだ。定番中の定番、スタンピードってやつか。序盤の終わりくらいのイベントじゃなかろうか。


 わたしは現実逃避ぎみに考えていた。だって、まだ序盤の序盤だし。


「その、甲殻獣氾濫ってどんななのかな?」


「字のごとくです。大量の甲殻獣が人の領域に押し寄せて来ます」


「そっかあ、防げるものなの? その言い方だと何回かはあったんでしょ?」


「原因と規模による、としか…… 大公国が独立して以来、7回の氾濫が記録されています。最大の被害が出たのが3回目で、たしか300名程が……」



 フォルナの沈痛な表情が胸に刺さる。見ているこちらも心苦しい。


「でも、今があるっていうことは、その7回、全部対応できたってことだよね」


「はい、その通りです。ですが氾濫は毎回、国の存亡を賭けての戦いです。7回退けたとしても……」


「今回もそうだ、っていう訳にはいかないってことかあ」


 それから少しの間、わたしとファルナの会話が続いた。本当なら、異世界要素を詰める予定だったのだけど、目下はそれどころじゃない。


 それにしても甲殻獣に続いてスタンピードかあ。チートとかそういう異世界特典が来る前に、ネガティブな状況が押し寄せるとか、これどうなんだろう。



「フミカ様が今、この時にここにいらっしゃることに意味があるか、偶然なのかは分かりません。しかも今のところ、フミカ様には氾濫に対する力をお持ちとも思えません」



 要は逃げろと、フォルナはそう言いたいのだろう。


 だけど同時に、助けて、とも言いたいのだろう。


 ならば、そんな優しくて強い心を持ったフォルナに、わたしは妥協案を出してみた。


「とりあえず、大公様とお兄さんが来るのを待って、詳細を聞いてみよう。もしかしたらわたしが力になれるかもしれないし、ほら、これでも聖女だから、秘めたる力とかもあるかもしれないよ」


 いつしか、涙を流していたフォルナに、わたしは軽く笑って言った。これは本心だ。たった1日も経っていないのに、わたしはフォルナの力になりたかった。


 ついさっき見た、綺麗な小麦畑を壊したくないと、思ってしまった。


 そして。『格好良い』を追求するわたしの心に、ちらりと炎が灯った気がした。



 ◇◇◇



 異世界談義どころでなく、甲殻獣氾濫についてあれこれ話していたところで、3時間程たっただろうか。そういえば、『時間』って単位について、全然ツッコミを入れる隙がなかった。



 わたしは、大公様への謁見が許された。許すも何もないが、この現状に聖女の出現。因果関係を匂わせるには十分なのかもしれないなあ、って思いつつ、わたしはフォルナとメリッタさんと一緒に謁見の場へと赴いたわけだ。



 大公様は後からご登場かと思っていたけど、彼はすでにそこにいた。しかも立っていた。白が混じった金髪だけど、身体が大きい。190センチはあるかな。顎鬚が良く似合っている。年のころは50手前くらいかもしれないけど、よく締まった体つきだ。出来る。そしてぶっちゃけ、カッコイイ。好みかも。


 隣には、どことなくフォルナに似た、金髪の男性。あれがお兄さんだろうか。


 それから、先ほど会った、国務卿。えっと、名前は忘れた。


 他にも、いかにも武官、いかにも文官といった感じの方々が30人程、大広間に揃っていた。


 なんかこう、すっごい訝しげな視線が集まっている。おお、人気者だぞ、わたし。



 メリッタさんは入室早々、扉に脇に控え、わたしは事前に言われていた通りに、進み出る。もちろんフォルナも一緒だ。


「大公閣下、ご連絡は伝わっているとは思いますが、彼女が聖女、フミカ・フサフキ様です。大公令嬢たる私、フォルフィナファーナ・ファルナ・フィヨルトがご降臨を確認しております」


 フォルナが誓うように発言した。わたしも頭を下げ、予防線を張りながら言った。


「フミカ・フサフキと申します。確かにこことは違う世界から来たとは思いますが、正直、聖女たる存在かどうかは分かりません」


 そんなわたしの台詞を聞きながら、大公様は訝しげな顔をしている。困ったような、怒ったような。そして発した言葉は。



「聖女と申したが、こんな不格好なのが聖女なのか?」



 暴言だった。



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