第9話 生存競争の果ての光景
なんかゴツい骨をもって気炎をあげるフォルナがそこにいるわけだけど、これじゃ話が進まない。
「あの、状況はなんとなくわかった。それで、そうだ、甲殻獣っていうのはそんなに凄いの?」
「そうですね。開拓当初は2000いた開拓民が1500人程まで減ったと言われています。その後は、倒した甲殻獣を素材とした防具や武具を用意し、何年もの時間をかけて、甲殻獣専用の集団戦闘を身に着けていったようです」
フォルナは愛おしそうにちょっと黒ずんで、無骨な骨を撫でた。
「これも、そのひとつです。鉄よりも硬く、鉄よりも軽く、そして柔軟な、最高の武具です」
その姿に、わたしは言葉を発することが出来なかった。どれだけの苦労の歴史があったのか、それが今でも続いているのか。
「私たちは甲殻獣に恨みを抱いているわけではありません。生きるために、互いに闘争をしているだけです。人間同士の戦争などとは違う、と思っています。奪ったものは、なるべく人間の生活に役立つよう、知恵をこらしてきました」
骨を元の位置にもどし、窓へと歩きながら、フォルナが笑顔見せた。
「フミカ様、ご覧になっていただけますか」
「ん?」
わたしも立ち上がり、窓から外を見た。そういえば、空は見たけど、土地を見るのは初めてだったなあ。
空は青く晴れ渡っていた。おっちゃんとかねーちゃんだったら、酸素濃度とか屈折率とか言い出しそうだが、わたしはそこまで無粋ではない。空は青くてそれでいい。
遠くには山脈が見えた。そして、鬱蒼とした森林も見えた。だけど。
わたしの目を奪ったのは、黄金色に輝く畑だった。綺麗だった。わたしの地元ほど整然とはしていないけど、人の努力と営みを感じさせる、生命溢れる畑だった。
「どうです? ニホンと比べて」
フォルナはちょっと不安と多くの誇りを感じさせる表情でわたしに問いかけた。
「うん。凄い。ほんとに凄い」
「ありがとうございます。150年かけて、私たちはこの光景を手に入れました」
「ところでアレってなんていう作物?」
ちょっとおかしいなと思ったのだ。農作業をしている人がいたから比較できた。見た目は小麦か大麦だろうと思う。これでも地元で散々見てきたのだ。見間違えるわけがない。
だけどそう、デカいのだ。色からみて収穫間近なのだろうけど、明らかに人間の背の高さを越えている。2メートル以上ないか、あれ?
「小麦ですが、ニホンとは違うのでしょうか」
「うん……、一言でいうけど、でっかい」
「まあ!」
フォルナが嬉しそうな顔をしている。
「あんなに大きな小麦って、品種改良とかしてるの?」
「品種改良? いえ、ある時から甲殻獣の骨を砕いてから焼きました。それを畑に撒いたのです」
「甲殻獣万能説!」
「ふふっ、素敵な言葉ですね。他にも色々と……」
フォルナの会話が熱を帯び始めた気がする。アレか、聖女マニアで甲殻獣マニアってことか?
コンコン、と扉が叩かれた。
「どうぞ」
フォルナがちょっと残念そうに、それでも気を取り直して返事をした。メリッタさんが瞬間移動したかのように扉を開ける。
入ってきたのは、高齢の男性だった。そういえば、こっちに来てから男の人って初めて見たかも。気を使ってくれていたのかもしれないなあ。
◇◇◇
「ご歓談中失礼いたします。姫様に至急お伝えしたいことがございまして」
「構いませんよ。フミカ様、こちらは」
「お初にお目にかかります。私はドルヴァディール・ダスタ・ギルマルテ。畏れ多くも大公閣下より国務卿を仰せつかっております」
「こちらこそ初めまして。フミカ・フサフキと申します」
50代後半くらいだろうか。細身だが筋肉質だ。わたしには見える。国務卿って多分内政を預かる立場なんだろうけど、普通に強いぞ、この人も。
なんだこの国、強者しかいないじゃない。
ちょっとワクワクしてしまっている、そんなわたしだった。
「それで国務卿、ご用件は?」
「あの、この場でもよろしいのでしょうか」
ああ、あの目は探っている。そりゃ当然だ。昨夜突然フォルナの私室に現れた謎の異国人。怪しいことこの上ない。
「良いのです。状況次第では、フミカ様にも関係することですから」
「では……」
国務卿さんは、ちょっと間をおいて、言葉を選ぶように言った。
「閣下と若様から伝令が届きました。2時間程でお戻りになられるそうです。そして……」
国務卿さんが溜める。役者っぽいな。
「可能性が非常に高い、と」
フォルナの表情が、沈痛に凍り付いた。
そして私は。
「いま、2時間って言った?」
時間の単位にビビっていた。
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