第8話 異世界要素、紋章、骨、そして歴史
扉の外に控えていたのかと思うほど、メリッタさんの返事は速かった。
「入ってもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
「では、失礼いたします」
扉が最小限の音を立てて、メリッタさんが部屋に入ってきた。そして、わたしの格好を見て驚愕する。
「あ、あの、お召替えは?」
「ああ、ごめんなさい。わたし、着の身着のままでこっちに来ちゃったから……」
「大変申し訳ございません!!」
ズバっと擬音が聞こえるような勢いで、メリッタさんが頭を下げた。
「直ぐにお着替えをお持ち……、ああでも、聖女様にお似合いのものとなると」
遠まわしにサイズのこと考えてるでしょ。目線が胴回りに行っているよ。
「まあ今日一日くらいなら。今晩、寝る前くらいに用意してもらえたら助かるけど。別に男モノでも構わないですよ」
「申し訳ありません、必ずご用意いたします」
もうメリッタさんの腰が90度だ。後で聞いた話だけど、そもそもこの客室に泊まる人で、着替えを用意してこないなんてことは、まずあり得ないということだ。手ぶらで転移してきた自分も悪いけど、それくらいは念頭に置いてくれていてもなあ。
意外とメリッタさん、ドジっぽい?
ついでに聞いてみる。
「ところでこの明かり、どうやったら付けたり消したりできるんですか?」
「あ、ああ。今すぐ」
メリッタさんはぴょんとジャンプして、電球、というかガラス細工の真ん中にある光る玉をちょんとつついた。明かりは直ぐに消えた。
「なるほど」
「先代の聖女様も文化の違いと仰っていたそうです。説明の不備をお詫びします」
「いやいや、そこまで畏まられても。でもそっか、面白いですね。文化の違いかあ」
「そう言って頂ければ」
そうしてわたしは、再びフォルナの元を訪れた。
◇◇◇
どうも前回私が出現したのは、フォルナの私室だったらしい。本日は応接室らしきところだった。
歴史を感じる豪華なソファーとローテーブル、壁には、こういうのをなんて言ったっけ? 垂れ幕みたいなのが飾ってある。貴族っぽい。
垂れ幕は真っ黒で、その中に白というか紫の花を咥えた白銀の狼の姿と、それを下から支えるような2本の骨がクロスして飾られている。その下に横に伸びる紫の線が4本。結構、格好良い。わたしの趣味にクるものがある。
あと、壁に物騒な物体があるが、とりあえずそれは見なかったことにしよう。っていうか、でっかい骨だ、あれ。どういう意味なんだろ。
「おはようございますフミカ様。昨晩は良く眠れたでしょうか」
「うん、ありがとう。お陰様で」
「朝食をご用意しています。お口に合えばよいのですが」
「大丈夫大丈夫、好き嫌いない方だから」
朝食は、パンとスクランブルエッグとサラダっぽい野菜と紅茶だった。ホテルとかのバイキングだったら倍量食べるところだけど、まあ、これくらいでも十分だ。なぜかフォルナも一緒に同じものを食べていた。もしかして、毒がどうこうとかじゃないよね。
「それで、昨日お話していた、すり合わせについてですが」
「うん。正直困ってるんだ。どこまで同じで、どこから違うのか」
「はい、先代聖女様も常識の違いに戸惑っていたと、伝わっています」
「そうなんだよねぇ。とりあえず、私の知っている単語を並べてみるから、知っていたり、近いのがあったら教えてもらえるかな?」
昨日の夜に考えたことだ。ここが本当に異世界で、定番の文明が中世から近世ならば、飛行機とか新幹線とか言っても仕方ないだろう。だからむしろ、ファンタジー路線の単語を並べてみようと考えてみたわけだ。お願いだから報われて。
「わかりました、どうぞ」
フォルナのあっさりとした了承を得て、わたしはポツポツと単語を羅列してみた。
「えっと、まず、『魔法』もしくは『魔術』『魔力』」
「……申し訳ありません。聞き覚えはありません。『魔』と付く以上、邪なモノなのでしょうか」
「いや、単純に単語ってだけで、決して悪いものというわけじゃないはずだけど」
「そうなのですか」
その後も色々な単語を確認していく。
『レベル』『スキル』『ギフト』『称号』。
称号には反応があったけど、それは普通に称える意味を持つだけで、システム的な何かではなさそうだ。
「んじゃえっと、『冒険者』」
「冒険者、ですか。確かにいますね。冒険譚ですとか、そのような文献はあったかと思います。探検者とも呼ばれているようですが」
「うーん、なんか違うなあ。わたしの言っているのは、モンスター? 魔物とか怪物とかそういうのを倒す専業者みたいな意味なんだよね」
「っ!! モンスターがどのような存在なのかは分かりませんが、怪物のようなモノは、います!」
「おおうっ!!」
「甲殻獣、私たちはそう呼んでいます」
きたきた。やっと異世界ファンタジーっぽいのきた。
「そうですね。それならば、甲殻獣と我が国の現状について、お話しておいた方が良いかもしれません。少々長くなるかもしれませんが……」
そこから、フォルナが語ったのは、大公国の簡単な歴史だった。
◇◇◇
今から150年ほど前、フォートラント王国、例の先代聖女がクーデターを起こした国だ。そこの王族に兄弟がいたそうだ。余程の事情がない限り、王国の継承は長子相続。つまり長兄が次代の王様になるわけだけど、その時の兄弟にはやや問題があった。
弟が優秀すぎたのだ。兄が決して無能であったわけではない。
ただ、当時も今も、人類を悩ませる大問題があった。それが甲殻獣だ。
外見は狼、猪、熊など通常の獣と大した差がないのだけど、呼称を読めば一目瞭然。やつらはやたら堅い外皮と強靭な力と、骨を持っていた。すなわち単純に強い。しかも何故か、人に対して攻撃的な行動が多かったらしい。
当然、人は国として対抗した。銃も大砲もあるわけがない。個々の力で劣る人々は知恵と組織力で肉弾戦を挑むことになったわけだ。
すなわち武力。くだんの弟殿下は、その武力がアホみたいに凄かったらしい。しかも人望に厚く、指揮能力も高い。
ヘタな政治力より、集団としての戦闘力がいかに貴重なことか。当時はそういう世界情勢だったということだ。
当たり前だけど、兄には疎まれる。ヘタをすると国を真っ二つに割りかねない。聖女のクーデターまがいなど二度とごめんだ。だいたい兄殿下とて、政治力ならむしろ弟より上なのだ。
なので兄殿下は戴冠と同時に王弟となった彼に命を下す。
『王国より山脈を越えて西、森を切り開き、獣を打ち、王国の支配地とせよ。王弟大公と任じ、領土は切り取り放題。辺境大公領とする』
その10年後、王弟を慕う2000の人々は見事、甲殻獣の巣くう森を開拓し、辺境大公領を確立した。そこまでは良かった。
しかして国が独立採算でも周るところまで来たと判断した王弟は、初代辺境大公ファズファーヴォルト・フォート・フィヨルトを名乗り、ちゃっちゃと独立。フィヨルト大公国としてしまったのである。
しかも、初代の息子とフォートラントの王太子は国立学院での親友同士。戦争を極力避け、次代にはお互いに不可侵、通商条約まで締結してしまった。
大公国からは、甲殻獣素材を、王国からは主に食料を、歴史を知らない者が見れば両得の構図が出来上がったわけだ。
◇◇◇
「それ以来、いえ、建国以来、大公国は甲殻獣を狩ることで、国として成立してきました」
フォルナは立ち上がり、壁に飾られていた骨らしき物体を手に取った。そして、紋章が描かれた垂れ幕を見る。
「黒は、フォートラントの白に対する忌色です。紫と花は王家にのみ許された貴色。そして狼は、私たちの祖先が安住の土地を得るために、最初に戦った相手であると同時に、フォートラントの象徴でもあります」
フォルナの右手がブレる。ひゅんっ、と音を立てた骨が空気を裂く様が、歴史と意思をわたしに叩きつけたようだった。
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