第4話 彼はこうして心を満たす

 はっ!気が付くと今日の最後の授業が終わっていた。どうやらあまりのショックに気を失っていたらしい。クラス替えのことなんてすっかり忘れていた。この幸せな環境がたったの1年間で崩れ去れってしまうとは。大切なものは脆くは叶いというこの世の真理を体現しているかのようだ。


 1クラスの人数はおよそ35人。それが7クラスあるのがうちの高校だ。この場合、クラス替えをしたときに3人が同じクラスになる確率は……0.003%ぐらい?いやいやいやないないない。だってこれ天文学的確率でしょ。7クラスだしだいたい7分の1ぐらいだろう。もしくは一緒になれるなれないの2択だから2分の1。ふー危ない危ない。危うく数字のマジックに騙されるところだったぜ。0.003%なんて死んでしまう。


 「ちょっといいかしら」


 右を見ると伊万里さんが立っていた。ゆっくりと左を見る。涼白さんはいない。


 「?」


 「あなたに話しかけているのよ」


 「なんと!」


 ついにオレをいないものとして扱い、涼白さんと会話をし始めたのかと思ったのに。


 「付いてきて」


 そう言うとオレの返事を待たずに伊万里さんは歩き始めた。どこへ行くのだろうか。オレは言われるがままに伊万里さんのあとをついていった。綺麗な黒髪だなぁと伊万里さんの後頭部を凝視しながら歩くこと数分。着いたのは茶道室?なんでこんなところに茶道室が。


 「入っていいわよ。茶道部の先輩に無理言って借りたの」


 茶道室のドアのカギを開けながら言う。


 「ごらくぶの先輩じゃなくて?」


 「あなたが何言っているかわからないわ」


 茶道部の部室って校舎の中にあるんだ。敷地の端っことかにあるもんだと思って、高校見学に来たときはずっと外を探してたわ。これは盲点だった。


 中に入ってみると普通の和室だった。ちゃぶ台と座布団が置いてある。あと押し入れの前に漫画が落ちてる。茶道部ちゃんと活動してる?やっぱりごらくぶなんじゃないの。

 

 伊万里さんとちゃぶ台を挟んで座る。


 「あの……」ソワソワ


 「なに?」


 「茶道部の皆さんは今日は?」 ソワソワ


 「何をそんなに期待してるか知らないけど、今日は来ないわよ。だから部室を借りられたのだし」


 見たかった。今度見学にこよう。


 「それで何用で?」


 「あなたが私たちに近づいてきた理由よ。私が気づかないとでも思った」


 「……なるほど。あっ、あめちゃん食べます?」


 「こっちは真面目に話をしているの」


 別にふざけているわけじゃ。善意だったのに。あめちゃんおいしいのに。


 しかし近づいてきた理由か。確かに興奮しすぎて露骨に行動をしていた節はある。


 「あなたは私たちに近づき、あわよくば……………………アリアとお付き合いをしたいとそう思っているでしょ」


 「え?いや別に」


 「「………………。」」


 そんなこと微塵思っていなかったよ。オレが涼白さんと付き合ってなんかいいことあるの?涼白さんと伊万里さんの一緒にいる時間が減るってことだよね。なにその悪手。百害あって一利なしじゃん。確かに単体涼白さんもかわいいし見てるだけで癒されるだろうが、オレにとっては物足りない。いうなればそうだな涼白さんはお米みたいなもんなんだよ。単品でもそりゃあ美味しいがおかずがあったほうがよりおいしくなる。つまりそういうことなんだよ。


 それにあれでしょ付き合ったら男子はめちゃくちゃお金かかるんでしょ。姉ちゃんが言ってた。


 「まあ正直には言わないでしょうね」


 「いやいや嘘なんかつかないよ。小学校で嘘ついちゃいけませんって習ったから」


 「ほら嘘。別に認めればいいじゃない。アリアはかなり可愛いものね」


 「相当可愛い」


 「そうなのよ。相当可愛いの。だからときおり血迷った人がでてくるのよね」


 「全くけしからんですなぁ」


 「あなたのことよ」


 「なんと!」


 「そのリアクションやめて」


 伊万里さんはメガネをはずして机に置き、疲れたように目頭をおさえる。美人はどんな顔しても美人なんだなって思った。


 「つまり私が何を言いたいかわかるわよね」


 「はい……つまり涼白さんは伊万里さんだけのものだから渡さないぜ!ってことだよね」


 「…………もう、その認識でいいわ。もしあなたがこれ以上私たちに関わるようなら、あなたのこの中学生の時の写真がクラスまたは学年に出回ることになるわ」


 伊万里さんは立ち上がりながらひらりとこちらに写真を投げてよこす。そこには中学2年生時代のオレが写っていた。その写真を驚きの表情でみるオレを満足気にみながら伊万里さんは部屋を出て行った。


 えっここのカギは?そんなかっこよさげに出ていかれても。


 ***


 次の日。


 「ぐっもーにん!涼白さん!伊万里さん!そういえば昨日……」


 「あなたちょっとこっち来なさい」


今日も今日とて元気のいい挨拶をしたところ額に青筋を浮かべた伊万里さんに首根っこ掴まれて教室から出された。目を丸くしている涼白さんに向かって「心配いらないよ伊万里さんはあなたにぞっこんだよ」と手を振ってみる。振り返してくれた。うむ心が通じたようでなにより。


 そのまま階段を上がり連れてこられたのは屋上。もうすぐ授業が始まるからか大人気スポットである屋上にも人の影はない。


 「どういうつもり?」


 「何が?」


 「昨日の今日で話しかけてきてなんのつもりかって聞いてるの」


 「朝のあいさつは大事だよ」


 「まさかあなた昨日のがただの脅しだと思っているの?言っておくけど私はアリアのためなら悪魔にだってなれるわ」


 「え、オレいつ脅されたっけ?」


 「昨日の写真よ。見てたでしょ」


 「これのこと?」


 昨日伊万里さんが置いていいった写真を見せる。そこには今のオレよりは少しだけ幼いオレが移っているだけだ。


 「そうそれよ。あなたそれがクラスの人とかにばれてもいいっていうの?」


 「それはちょっと照れるな。丁度やんちゃしていたころだしな。でもまあ話のタネぐらいにはなるかなぁ」


 「そ、それだけ………こんなの人生の汚点といってもいいぐらいよ」


 「それはいいすぎ」


 普通の男子中学生の写真だよ。


 教室の窓辺に座り片膝を立てて窓の外を眺めている普通の男子中学生の写真だよ。


 銀色の十字架やら鎖やらを首や手首に付けた普通の男子中学生の写真だよ。


 医療用の眼帯を着け、頭と右手に雑に包帯を巻いた普通の男子中学生の写真だよ。


 裸の上からワイシャツを着てボタンは3個ぐらい空けて、学ランの袖を通さず羽織ってる普通の男子中学生の写真だよ。


 「いや~若いな~よく伊万里さんこんな写真持ってたね。昨日は驚いたよ」


 「信じられない。あなた常識だけじゃなくて羞恥心もおかしいの?…………プライドだけはやたら高い馬鹿はたくさんいたけどまさかプライドがない馬鹿がいるなんて」


 「さっきからいいすぎじゃない?」


 「これで勝ったとは思わないことね」


 「思ってない。思ってない」


 「とにかくアリアには指一本触触れさせないわ」


 「そもそも指一本触れる気ないよ」


 そう言うと伊万里さんは鼻で笑った。


 「そう。だったら指一本でも触れたら私たちに関わらないって約束できる?」


 「もちろん。約束する」


 「嘘ね。少しも考えているそぶりがないもの」


 「ええ……」


 そんな無茶なぁ!


 オレは慌てて地面に転がる。なんと伊万里さんから触れてきようとしたのである


 「それはなしじゃない?」


 「ふん」


 答えることなく伊万里さんは屋上から出て行った。すごい警戒しているなぁ。まあオレも昨日から警戒していて準備万端だったけどな。懐からボイスレコーダーを取り出す。録音中だ。録音をを停止する。


 「ふっ」


 こちもビンビンにセンサーが反応していたんでね。録音させてもらったよ。ぴっ。もう一度押すと昨日からの会話が再生される。


 

 『アリアはかなり可愛いものね』


 『相当可愛い』


 『そうなのよ。相当可愛いの。』


 ジジ


 『つまり涼白さんは伊万里さんだけのものだから渡さないぜ!ってことだよね』


 『…………もう、その認識でいいわ』


 ジジ


 『私はアリアのためなら悪魔にだってなれるわ』


 ジジ


 『アリアには指一本触触れさせないわ』

 

 ぴっ

 

 はわわわわわわわわわわ。涼白さんを褒める伊万里さん。涼白さんを守ろうとする伊万里さん。まじで尊い。本当にありがとうございます。涼白さんを語る時だけふわっと柔らかくなる伊万里さんの目と言ったらもう。オレを見る鋭さからの落差がいいんだよな。


 これは是非あとで涼白さんに聞いてもらおうっと。


 こうしてオレは授業へと遅刻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る