第3話 彼は挨拶の力を過信している
新しい朝が来た。先生に騙され今の席に落ち着いたが、そこはポジティブシンキング。常に二人一緒には見れないが、きっとあの二人なら休み時間の度にどちらかの席に移動するだろう。そこを隣の席という特権を生かして鑑賞することにしよう。
がらがらと教室のドアを開けると目に入るのは一緒に話し、笑いあう二人。何を隠そう。あの金髪さんこと涼白アリアさんは一番後ろの先の窓側という主人公席をくじ引きで確保したのである。やはり主人公だったか。
ちなみに黒髪眼鏡さんの名前は不明。聞いたけど教えてもらえなった。なんだ君は最高か。男子にガードが堅いとか理想的すぎる。大丈夫怖くないよ。よーしよしよしよしと、少しづつ信頼関係を構築していくことにしよう。
そのためにも一日の始まりの挨拶が肝心。さわやかに気持ちのいいあいさつを。中学の時校風委員として挨拶運動で鳴らしたその腕前を見せてやるぜ。
「おはようございます!」
声の大きさよし。声の高さよし。笑顔よし。完璧。
少しだけ間が空いたが、涼白さんは笑顔で、黒髪眼鏡さんは無表情で挨拶を返してくれる。
「おはよう!」
「…………おはよう」
よしよし二人ともに返してもらえた。ギャルゲーだったら今ので好感度が5は上がっているな。これがオレの腕前よ。そして畳み掛けるように攻めるべし。
「今日こそ名前を教えてください!」
「いや」
黒髪眼鏡さんににべもなく断られる。
「何故!?」
「変態に名前を知られるのを忌避するのがそんなにおかしい?」
「へん……たい……?」
「あなたのことよ。なんでそんな知らない言葉を聞いたような顔ができるのよ。怖いわ」
へんたい?編隊?まさか変態!
「やだなぁ。変態っていうのは普通じゃない人のことを指すんですよ。オレのどこが変態だっていうんですか。オレは至って常識人ですよ。挨拶だってちゃんとできるし」
「あなた昨日の自分の言動覚えてないの?」
「覚えてますよ」
「だからそのきょとん顔やめなさい。あなた言ったじゃない……その……私とアリアの仲を切り裂くとか……」
黒髪眼鏡さんは恥ずかしそうに言った。何を恥ずかしがってるん?確かについ言った気がするが。
「え?でも運命の二人の仲が切り裂かれそうになったら、ごく普通の良心を持つ人だったら抵抗しませんか?」
「本当に何を言っているの?」
「あの後、涼白さんに確認したら間違ってないって言ってましたよ?」
「アリア!?」
裏切られたような顔で涼白さんを見る黒髪眼鏡さん。いたずらが見つかってしまったような顔で照れる涼白さん。
「えへへへへへ。だってあながち間違いでもないかなって。りんちゃんとはそれぐらい仲良しだっていうことをね言おうと思ったんだけど。もしかして迷惑だったかな」
「「かわいい。そんなことない(わ)」」
ん?
「わぁ、息ぴったり」
「なんであなたも答えるのよ。あなた関係ないじゃない」
これはオレとしたことが反省案件。つい声がそろっちゃうなんていうムーブは仲のいい女の子たちにしか許されない。
「本当にすみません。これで済むと思ってませんが」
財布から札を引き出し進呈する。千円札5枚。これでオレの財布の中身は空っぽだ。
「本当に怖い。何でこのタイミングでお金をだすの?いらないわよ」
「ええ、じゃああとオレができることなんて土下座ぐらいしか」
「何があなたをそんなに突き動かすの……」
「くっ……心広すぎかよ」
「一周回って馬鹿にしてるわよね」
本当に本当にいらない?とチラチラ見ながら札を財布から出したり入れたりしていたら睨まれた。なんだろう不思議なことにその目の下に這いつくばりたいと思った。不思議なことにね。
そんなやりとりを見てくすくすとアリアさんが笑う。朝のひかりに反射して金髪がきらきた輝いた。本当に絵になるなこの人。これが遺伝子の暴力。
「面白いな宗介くんは。りんちゃんがそんなに男の子と楽しそうに話しているの久しぶりに見たよ」
「別に楽しくないわ。疲れるだけ」
「いえ、心配しないでください。涼白さんと話しているときのほうが楽しそうですよ」
「あなたの頭が心配よ……」
心配してくれるの?優しさの塊かよ。
「もう、りんちゃんも意地悪しないで名前ぐらい教えてあげれば良いのに。クラスメイトだよ。しかもお隣さん。仲良くしたらいいのに。ねー」
「ねー」
「気持ち悪いからやめて日下部くん」
首を傾けながら一緒にねーとやったらバッサリ切られた。黒髪眼鏡さんは一度目を閉じると息を大きく吐きだす。
「……伊万里竜胆よ。よろしくなんて言わないから」
渋々と言った風に名前を教えてくれる伊万里さん。涼白さんはそんな伊万里さんをやれやれと言った温かい目で見ながら指で伊万里さんの髪をといている。それを伊万里さんは少し照れながら何も言わずにされるがまま。
全身の熱が沸騰したような感覚に襲われた。そうだこんな光景をオレは見たかったんだ。
「改めてオレは日下部宗介。3年間よろしく!」
オレは朝の挨拶同じように、さわやかな笑顔と共にそう言った。この高校3年間が良き日々でありますように。始まりの挨拶が肝心なのだ。
そんな希望に満ち溢れるオレに伊万里さんは冷酷に言葉を告げる。
「はっ。あなたとの付き合いは一年までよ」
え?
「りんちゃん。そういうこと言わないの?二年生でクラス替えがあるからってそこで関係が終わるわけじゃないでしょ」
クラス替え?二年生で?
「アリア。一期一会という言葉を知らないの?一生に一度の出会い。それは二度と繰り返されることはない。つまり彼との出会いはこれで終わり。再会はあり得ないわ」
「もうハーフの私でもその解釈が間違っているってことはわかるんだからね」
…
……
………
ここから放課後までの記憶がない。
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