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 優は目を見開き、コンクリートが詰まったかのような感覚を振り切るように息を吸った。強い風が、脂汗をかく額を撫でる。

 目の前は空が広がっている。手にはザリザリとした硬い感触。尻餅をついていた。あたりを見回すと、手すりに囲まれた広い場所だ。手すりによると、他のビル群の頭がチラチラと見える。どうやら屋上のようだった。

 咳き込む声が聞こえた。拝見と杭手も、状況を把握しようと首を忙しく振っている。

 ポケットの中のスマートフォンが震えた。画面にはフランの番号が示されている。優はすぐに通話ボタンを押した。

「通話に出られた、と言うことは少なからず生きているな。あのくだらん番組のテレビ局に座標を合わせて瞬間移動装置を稼働した。便利だろう」

「せめて言ってからにしてくださいよ二人とも見たことない顔してますよ」

 優の文句を無視して、フランは矢継ぎ早に質問をする。

「どこに出た」

「ええと……屋上っぽい、ですけど」

「そうか。さすがに室内までの侵入は難しいようだな。あとは先に遊泳を探せ。私は装置を調整してから行く」

 返事を待たずに、一方的に通話は切れた。そしてすぐにまた、端末が震える。今度はヴァンパイアたちからだ。

「あ、お兄さん、僕らなんか、フラン博士に呼び出されたんだけど……」

「行っていいんですか?」

 マシカとヨヴの声が交互に聞こえた。

 確かフランは、ヴァンパイアたちも協力をさせるつもりだった。優は少し迷い、頷く。

「……いいよ、行ってくれ」

 わかった、と返事が聞こえ、終了音が流れる。優はため息をついた。

「…………スッゲーーーーなオイ!!! 天才じゃん、フラン」

 少し離れた場所から、拝見の声が響いた。手すりから身を乗り出し、街中を眺めている。それを杭手がおろおろと、拝見の体を押し戻していた。

「お、拝見先輩、いくらなんでも目立ちますよ!」

 その通りである。優はあたりを見渡した。今のところ、屋上に優たち以外の姿はない。そもそも、立ち入り禁止の場所なのかもしれない。それはそれで、幸いだろうか。

「こんなヤベェもん、俺ら年越しに体験するのかァ。いやァそりゃあ、面白そうだわ」

 カラカラと笑い、なァ、と拝見は後輩二人に笑いかける。

 優と杭手は視線をあわせる。杭手は驚きよりも恐怖が勝っていたようで、複雑な表情をしていた。こういう時、杭手は強く物が言えない。可哀想だ。

 そもそも——もしもこのループが終わったら、フランの言う通りの自分だけが観測している世界は、どうなってしまうのだろう。この時間もなかったこと、、、、、、になるのだろうか。優は少しだけ過った気持ちを振り払い、出入り口を目線で探す。一つ、扉があった。

「……とりあえず、遊泳さんを探し、て、ください」

 あたりを見渡しながら、三人は扉を開けて中へと入っていった。

 テレビ局の中はオフィス階と楽屋——撮影スタジオの階層がいくつか分かれているのを、エレベーターに貼ってある地図を見て確認した。

 中に入ってしまえば、案外警戒はされないらしい。いくらなんでも入り口を通らず屋上から降りてきた人間を、誰も予想はできない。

 だが、背があり見目もいい二人を連れていると、否が応でも目立つ。周りから寄越される視線を気にしながら、優は身を縮めながら歩く。

「堂々としてりゃァ案外目立たねェって、大人数の法事みてェなもんだ」

「そ、そうですか……?」

 早足で歩きながら、ひそひそと拝見に耳打ちされる。杭手は周りの人間と目があうたび、「おはようございます」と笑顔で返していた。

「慣れてんな……杭手」

「そんなことないよ……? 真似しているだけだから」

 これが、優のできないところだ。堂々とすること。強いコミュニケーション能力。優だけでテレビ局に来ていたら、目立ちはしないだろうが、こうも行動はできなかった。この二人がいるだけで、あまり怯えなくて済む。

「で、どこから行く?」

「……タレント、がいそうなイメージって言うと、楽屋ですよね」

 乏しい知識からひねり出し、優はそう言った。

「手分けするかァ」

「よく張り紙とかされているよね……ああいうの、全員あるんですかね?」

「ンー……ま、聞き込んでみるか……」

「バレません、かね……俺たち」

 優は、それだけが心配だった。自分の身というよりも、巻き込んでしまった二人が迷惑を被ってしまう。そしてその不安の大きな一因は、自分自身だった。

「さァ、そン時はそン時、としか言えねェなァ」

 拝見は優と杭手の背中を叩き、俺こっち行くわ、と廊下の先に走り去ってしまった。

「頑張ろう、優くん」

 杭手は優の目を見て、小さくうなずく。

 優は、小さく口を開く。だが何も言えずに、そのまま視線を逸らしてしまった。

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