9-2


 早朝、人の少ないファミレスの角席に集まった奇妙な四人組の会話に、店員は耳を傾けていた。テーブルを拭きながら、チラリと席を見る。特に目がついたのは、金の長髪に拡張ピアスと言う出立ちの、いかにもヤンキーといった男。それから、座っていてもその背の高さがわかる白衣の男。対角線上に向かいあっている。金髪の男の横には、オレンジ髪の優男。白衣の男の横には、少し目つきは悪いが、これといって目立たない黒髪の男がいる。どうも繋がりの見えづらい集団だが、その話もまた、妙なものだった。特に一番地味だと思っていた男が、奇天烈な話をしていた。

 店員は呆れて、少しだけ憐憫の目を向けた。だって、あり得ないだろう。同じ日を繰り返すなんて。


「なァ〜〜〜〜〜んだソレ」

 優の話を聞き終えて、拝見は頬杖をついて、片眉を上げる。

「えっと…………、俺も、理解できてないんだけど……」

 杭手はきょろきょろと全員の顔を見渡し、そろりと口にした。

「まあそうなるだろう」

「やっぱダメか……」

 優は頭を抱えた。

 拝見と杭手を呼び、優は話せることは、包み隠さず二人に話した。二人とも真剣に聞いてはくれていたものの、話が混み入ってくると

「いや、優くんが嘘を言うとは思ってないよ。けどうまく、飲みこめなくて……」

 杭手は少し眉を下げて、途中からメモを取っていた紙ナフキンを見直す。

「笑わないでくれるだけいいよ」

 それよりも別の今日では、杭手は優しさからか「いいなあ」とさえ言っていたのだ。そこで否定も出来なかった自分もいたが——

「それにフランまでッってなァ……」

 拝見は眉間に皺を刻み、深くため息を吐く。

「何二人で面白そーなことになってンだよ」

「面白くない!」優は悲痛に訴えた。

「興味深くはあったがお前に言われると腹が立つな」

「で、テレビ局に行って、遊泳歪に陳情ねェ。いいじゃねーか、カチコミだァ」

「喧嘩じゃあないですよ……? でも、俺たちは何をすればいいの……?」

「それは……」

 優はチラリと、フランを見た。

「単純な話だ。その派手な見た目を利用し尽くせ」

「あァ?」

「適当な嘘をぬかせ。警備員を足止めしろ。それから知我、君は遊泳の居場所を見つけろ」

「ええっ!?」

「楽しそーーーーじゃァねえかァ、スパイみてェ!」

「ゆ、え、あ、……わかりました」

 優がうなずくと、杭手と拝見は見合わせて、声を潜めて優に詰め寄った。

「優くん……?」

「……優、オメー、フランに弱みでも握られてんのか?」

「いや、あの……一応自分の意思ではあるので……」

 悲しいかな、そうせざるを得ないのだ。

「でもこれからテレビ局に行かねーと、探すんだったら思ったより時間ねェぜ。首都の方だろ?」

「あ、そうか……交通機関は電車の方が遅れはなさそうですよね」

「移動面倒じゃァねェか? 車で運んでやろうか」

「そこは心配ない」

 フランはノートパソコンを抱えてキーボードを打ち鳴らしている。

「なんか考えあンのか?」

「今やっている」

 拝見がずいと身を寄せるのを察するかのように、一目もせずに身を引いた。

「……あの、いいんですか? 忙しいんじゃ……」

 優は挟めずにいた口を開く。

「オメーが一番大変なんだろ。すげー疲れた顔してンじゃねーか。ダチが助けてくれって言ってンだ。だったら助ける。そう言うモンだろ」

 にっと豪快な笑みを見せ、拝見は優の頭を乱暴に撫でる。力強い指先の感触が暖かかった。

「で、移動ってどうすんだよ。飛行機でも手配してくれンのかよ」

 拝見はフランに話題を振る。

「立て」フランはちらりと全員に視線を促す。

 視線に沿うように、三人は訝しみながらテーブルの脇に立つ。自分以外の全員が横へ並んだことを確認し、フランは滔々と語る。

「それよりも速い。まあ、万が一今日失敗したとしてもまた今日がある。まあ私に失敗などあり得ないがな!」

「え……と、あ、そうか、今日がダメでも、ループしてるならまたチャレンジできるってことですよね。なんかすごく、SFっぽいなあ……」

「嫌な予感しかしない」

 空想をするように空を仰ぐ杭手と、わかんねーと眉を寄せる拝見をよそに、優だけは青ざめている。

 キーボードを打つ手を止めて、フランは尋ねる。

「杭手、なぜこの世に平等に家電や通信機器が波及するかわかるか」

「え……便利だから、ですか」

「誰でも簡単に扱えるからだ。ああだこうだと利便性を唱えたところで、誰も使うことのできない発明は夢物語でしかない。多く一般人が平等に実感して初めて『便利』と認められるのだ」

「……つまり?」

「理論で理解できないものは身をもって体験するのが一番いいと言うことだ」

 フランはそう言うなり、エンターキーを押した。


 ——あれ?

 店員は強く瞬きを繰り返した。妙なものを見た。まだ変な話をしているな、と思って、無意識に視線を向けていた四人組。白衣が急に、他の三人をテーブル脇に立たせた始めた——と見ていたら。

 人が一瞬で、消えた?

 さっきまで四人いたはずの角席に、今は白衣の男しかいなかった。

 

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