9-1
フランはこめかみを抑え、肘をつき、音声入力待ちの機械のように優を睨めつける。
「会うって言っても……」
優は眉をひそめた。相手は芸能人であり、ただの一般人が会ってくれと言って会えるものだろうか。
「……あの番組は、収録済みのものか?」
「え? あ、『世界どうなってんだミステリー』!」
「生放送の予定ならば、放送局にはいるだろう」
「いや、そうは言っても……テレビ局に入れるんですか?」
「業界の仕組みは知らん。君は交渉が得意か?」
「……いや、全然……」
「だろうな」
アンタに言われたくねえ。ムッとして目を逸らす。
「交渉なら、拝見先輩や杭手でしょうけど——それと、仁礼丹先輩も得意そう」
「誰だ、そのニレイニとは」
「拝見先輩の先輩……で、サークルのOBです。……あと集団パニックが起きた神社が実家です」
「そうか」
「そうかって、なんか、もっとこう、思うことはないんですか」
「……明かさない限りパワースポットとして利用されていたかもしれんな」
「アンタ……」
優はげんなりとしかけ、フランは一月一日の記憶がないのだった、と思い出す。薄情な対応になるのも当然なのかもしれない。いや、元々の性格である可能性が非常に高いが。
「まあ、その仁礼丹某は置いておくとしても、拝見と杭手は足止めにでも使えそうだ」
フランは顎を親指で撫でると、片目を瞑る。
「でも大晦日で、忙しいと思いますよ」
「無理を押してでも呼べ」
「……お、俺が!?」
優はギョッとした。
「提案したのは君だ」
「提案とかではなく……」
交渉が得意なのは彼らのような人で、という例えのつもりだった。だが、巻きこめるはずはないし——巻きこみたくない。こんな面倒事に——
言葉を探す優の肩が軽く小突かれた。顔を上げると、コンベックス——金属製のメジャーを持ったフランが視線を向けていた。伸ばしたメジャーの先で叩かれたようだ。
「現状をどうにかしたいのだろう。ならばなりふり構うな。ただの他人のために自分が損をするなら尚更な。……どうせ存在しない世界だ。乱数調整とでも思っておけ」
直立したメジャーの固定を解除する。しゅるんと巻き戻り、フランの大きな手の内に収まった。
「……わかりましたよ、聞くだけ聞いてみます」
そんなに言うなら自分で、と思いかけ、ため息をついた。
「スポンサー・ダラマに助力してもらうか。念のためヴァンパイアも呼んでおけ」
「……何をするんですか?」
「陳情だ。そのための効率を上げる。……まあ、認めるのも甚だ立腹だが、性質として利用させてもらうとしよう」
フランは背もたれに頭をより押しつけるように、天井を見上げる。
優はますます眉を顰める。ひとまずは、遊泳と接触する。そのために何をするつもりだろうか。
「……決行は夜が明けてからにしよう。——少し休む」
そう言い残したきり、フランは口を閉ざした。腕を組み両目を瞑ると、隈の濃さに疲労が際立っている。
優は少し驚いた。人間であれば当然ではある、と分かってはいるものの、法賢が
少し考えたのちに、優は上着を脱ぎ、妙な体勢で身じろぎもしない彼の腹にかけ置いた。
彼も疲弊をしている。——理論や作戦はフランに頼るほかない。それならばやはり、自分は頼まれたことはやるしかない。
さてどう説明をしたものか——。
幾度巡った今日の中で、説明を試みたことはあった。だが、冗談だと思われることばかりだった。それは多分——自分の物言いのせいだろう。自分の寡黙を許してくれる、この環境に甘えすぎていた。
——どう伝えるべきなのか、分からない。考える。考えられない……言葉が出ない。真っ白だ。だってこんな状況、俺だったら信じない。不信を買いたくない。なら嘘をつくか? 何と言えばいい? いや、嘘は——つけない。例えフランの言うように、存在しない世界だとしても。彼らを裏切って利用はしたくない。
優はスマートフォンを握りしめ、画面を睨む。
窓の闇が薄まっていく。喉が締まる。唇が硬く、結ばれていく。
カチリと、鍵が開く音がした。窓の方から、冷たい風が流れこむ。
「お〜い、お兄さーん」
「入れてくださーい」
窓の縁に、黒いマントをはためかせた、幼さの残るヴァンパイアが二人身を乗り出していた。大きな赤い目が、呆然とする優を映し出す。
「お前ら……なんで」
優は窓辺に近寄った。
「だって急に出てくからさあ、気になっちゃうじゃん」
「マシカに叩き起こされました。ごめんなさい、ただ事じゃあなさそうでしたし……」
ヨヴは長い髪を耳にかけ、遠慮がちに窓の枠に体を隠そうとした。
「で、ややこしいってさあ、一体何すんの?」
そう言ってマシカは丸い目を瞬かせる。
なんと、図太い精神だろうか。優はぽかんと口を開いた。
無意識に、笑いがこみ上げてくる。
——そうだ、ヴァンパイアなんて不思議の塊が、俺の側にはいるんだった。
そして、いたところで、態度を変える人たちじゃなかった。そんな簡単なことを忘れてしまうのは、それこそ普通が麻痺していた——イカれていた他、ないかもしれない。
「え、お兄さん? 博士に何かされた? 実験台?」
「いや違——されたは、されたな……」
「何されたんですか!? 泣くほど!?」
そう悲鳴を上げられ、優は慌てて目尻を拭った。取り繕うように真顔に戻り背を向けた。
「で、ねえ、お兄さん、入れてよ!」「あ、あれ、聞こえてます……?」
背後に聴こるヴァンパイアの文句を無視し、もう一度スマートフォンを睨む。
ヴァンパイアが言うから、にわかに信じがたい「聖人」にも説得力があった。
トンデモな発明も、目の前で実証されてしまえば、それは証拠の一つになる。
「一応夜が明ける前に入れて欲しいな〜なんて」「お、お兄さ〜ん!……」
優は小さく目を上げた。フランは薄く片目を開いた。空は白み始めている。
——それなら自分がやるべきことはやはり、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます