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 ——数字の0と1の間にも無数の数字が存在し、物体と物体にも無数の隙間が存在している。それを認識しないことで、有限を生み、生命の緩やかな死にざまを「成長」や「老化」としている。生命の完成形は死だ。

 時間というものを有限としてしまったこと、それは地球にとってもだな。

 地球そのものの有限と、人間の有限は異なる。それは……知我、数字には強いか? そうか。聞くだけ無駄か。

 ……象の一歩と、蟻の一歩は大幅な差があるだろう。だが象の背に乗った蟻は、象と同じ距離を移動できる。これが地球と生物の関係だと思え。蟻をほんの一瞬空中に待機させ、垂直に落とす。そうするとわずかながらズレが生じる。

 瞬間移動装置の落下地点はマイナス対空時間の位置に座標を合わせている。バックアップの復元のようなものだ。——もともと、この瞬間移動装置はわずかながら、タイムマシンの役割もあったのだ。だがここで生まれたわずかなズレが、今回のループの要因だ。

 実験で何度も同じ地点からY軸の瞬間移動を繰り返し行った時、徐々にその地点にひずみが生じたと考えられる。だが普通ならば、認識をしない、無視できるわずかなズレでしかない。時間を戻そうと思わない限り、時間は戻らないからだ。

 そして来る事象B——一月一日をなかったことにした——を引き起こした際、君はちょうど時間の歪みに落ちた。「0と1」の間の存在のしない時間を、君だけが観測できている。世界が同じ一日を繰り返しているのではなく、君の知覚が同じ一日を繰り返す認識になっているのだ。今も地球の他生命体は、「なかったこと」になった一月一日をとっくに迎えて生きていることだろう。もしくは——なかったことにならなかった世界を。

 これでようやくわかった。なぜ私が繰り返していたか、、、、、、、、、、、、

 ——つまり? 君はイカれている。そして私もだ。2021年12月31の歪みを観測したからな。さて我々は、我々であって我々でない。世界のバグだ。ノイズだ。塵だ。だが無視をされる。もはやどの時間軸の人間でもない。無数の2021年12月31日を観測し続ける存在となった。だが、現状は0より1に近づいた。私たちの座標が近づいたことで、観測世界が重なった。ここからまだ聞くか? 話してやってもいい。


「……マジで何言ってるかわかんないんですが」

「良しとしよう、君は凡人でよかったな」

 呆然とする優をよそに、話すだけ話したフランはオフィスチェアに背を預けた。

 話はいまいちわからなかった。だがフランの話を要約すると、フランも優とは別に、2021年12月31日を繰り返していたらしい。ただし、フランは一月一日の記憶は無くなっていた。だからなぜ同じ日を繰り返すのか、その理由が分からなかった。歪みに自分が巻きこまれていた——ということは、一月一日のことだったため、忘れていた事象だ。ダラマの計画を実行しないことを選択しても、結局時間は巻き戻っていた。幾度と繰り返しているうちに、今までではありえなかったことが起きた。なぜか優が殴り込みに来たのだ。

「観測をするためのパターンがまだ少なかったからな、第二段階に移行する前に君が来た。可能性の一つというところだろう。君のいた位置の歪みは、私も範囲内だったと考えられよう」

 やっぱり、よく分からない。

 理解してしまえばそれはそれで恐ろしいような気も——とにかくフランは優と同じ状況であるらしい。

「で……どうにかなるんですか? 俺ら……」

 優は、とにかくそこが気になっていた。観測者だとかなんだとかを言われたとしても、自分にはどうにもできない。悲しいことに、フラン頼みだ。

「……それをどうするか、考えていたところだ。どうやっても資料の保管はできない。仮説を立てても、実行の域に至れない。私の記憶領域にも限度はある。しかも今君に説明するために大幅に割いているしな」

「す、すいません……」

 ……いや、なぜ、俺が謝ることになるんだ?

 優は下げかけた頭を止めた。

「こういうのは、もっと適任のやつがいるのだが——」

 フランは眉間の皺を指の腹で押した。

「適任?」

「……遊泳歪だ。あの男ならば、何かしら手を打てるだろう」

 なぜ、ここであのオカルト番組の有名男の名が出るのだろうか。まあ、オカルトじみた状況である。それも無理もない。優はそう結論づける。

「それって……まさかUFOを呼んで助けてもらうとか……?」

「馬鹿か、君は」フランは呆れを通り越し、驚いたように目を見開いた。

 唖然と開いた口から嘲笑のようなため息が漏れ、フランは気乗りしない声で語る。

「あの男はオカルト狂信者だが、れっきとした科学を知る賢人けんじんだ——とびきりのな」

 オカルト。科学、賢人。結びつかぬ感覚に、優は首を傾げる。

「え、と、じゃあ、法先輩と、……同類?」

「その言い方はやめろ!」

「いやだってトンチキ理論的には同類でしょアンタら」

「私のどこがッ! トンチキか!?」

 オフィスチェアの肘置きを叩き、立ち上がる勢いでフラン吠えた。

「いやトンチキだろ……でも、遊泳さん——なら、何かわかるんですか」

「何かしらアイディアはあるだろう。こういった事象には興味を持つだろうしな」

「じゃあ……!」

 優は身を乗り出す。だが、フランは口を噤み、すいと椅子を滑らせて体をそらす。

「……しかし心外だな。甚だ、心外だ。ああ、私もできれば、あの男に頼るのは耐え難い。君もどうやらトンチキな理論には助けられたくなということだな。いいだろう、君は君で行動するといい。私は私でこのループを終わらせるさ」

「えっ、ちょっ、まっ」

 優は逡巡した。ここでバラけるメリットは、少なくともない。が。

 こいつめんどくせ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。という思いが、大きく頭を締めた。なんとか抑えこみ、小さく顔を歪める。

「……………………助けてください」

 わかればよろしい。そう言わんばかり、フランは視線を向けた。

「……会ってやるか」

「え?」

「不本意ながら——実に遺憾ながら——あのオカルトマニアに、意見を聞いてやろうではないか」


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