7-2
*
優は、自分の頭と語彙と、残った記憶で伝えられる限りを話した。
「——そんなことが、出来てしまったのか、私は。ただの一度で」
フランの組んでいた指の隙間から、ふすふすと漏れ出る笑い声が聞こえた。堪えきれずにフランは仰反る。
「ははは、は、は! すごい、すごいぞ、私。神は死んだな! いや、もう科学を神としてもいい。奇跡の宗教家の裾の下は機械の御足だ!!」
「よくもまあそんなぽんぽんと詩が出るな」ダラマは感心か、呆れか、投げやりにもそう言った。
「笑い事じゃあないんですよ! とにかく、そう言うことが起きるんです。だからまず起動をしなければこんなことには——と、思ったんです」
「なるほどな……ははは、多世界解釈のようだな」
「パラレルワールドみたいですね」
「もしもアレできるボックスだ」
「時を駆けるアレか」
「それぞれ例えるな!」
優の声には疲弊が滲んでいた。なんでこうも話がすぐ渋滞するんだ。
「まどかがマギカするやつ」
「ビューティフルなドリーマーだな」
「畳み掛けるなッ!」
マシカとダラマはぺろりんと舌を出した。
「一ついいか。なぜ君だけ、繰り返していると認識できる?」
フランは片目を瞑ったまま、腕を組む。
「それは……俺もわからないんですけど……」
「
「全部ですけど」
「まあ普通はしないからな。瞬間移動」
「しないもんね、人生のリセマラ」
ダラマもマシカも真顔で言う。腹立たしかった。
「……では、ヴァンパイアたちの実験中の感覚と比較するか。話を聞く限り理論と装置の仕組みは同じだ」
問いかけに、マシカとヨヴは見合わせる。
「ええ? うーん……僕らは、一瞬宇宙に行って、空気が吸えなくて苦しい——くらい?」
「自分の意志で飛んでいるわけではないので、浮遊感に目眩がしました」
視線で促され、優は小さく目を泳がせる。
「俺は……ええと……なんか、すごい、痛かった……」
「小学生か?」
フランに突っこまれ、優はうっと言葉に詰まった。仕方がないだろう、と優は思う。何せこれまでのループとは違い、その感覚は「たった一度」しか経験していないのだ。
「悪かったな! ……一瞬だったし。……でもそうだ、目眩はしましたよ」
しかし、目眩がしたのはあまりにもトンチキな理論を聞いてしまったせいだと思う。
「知我、君はここに来たんだな。どの辺りに立っていたかわかるか。なるべく正確な位置で頼む」
「ええ……? そうは言われても」
優は大股でうろうろと移動し、位置を探る。視線が痛い。一体何をやらされて要るのだろうか。それよりも、早く解決策を打ち出してほしい。いや、何もしないでほしい。きっと大人しく年を越せば、何も起こらないのだ。
不意に目眩がした。優は目をきつく瞑り、開く。あ、と咄嗟に指をさす。
「ここです」
少し先にフランが見える。そうだこのアングルだ。優は確信を持ち頷いた。また目眩がする。ぐわんと歪むような感覚に、優はよろけながらフランを見やる。
「でもそれになんの意味が」
「検証だ」
フランはオフィスチェアから立ち上がり、優を退けて、その位置についた。
「あ、もうすぐ十二時ですよ!」
ヨヴが声を上げた。十二時——つまり〇時を迎える。フランは機械を操作していない。優は目を瞑り祈る。これでこのループが終わってくれれば——
「おそらく無駄だ」
「え?」
優はフランを見上げた。フランは、何度も見た映画の再放送がある、とでもいう態度で淡々と言いのける。
「
「ど——どう、いう……」
目を見開き、乾燥する瞳でまじまじとフランを見つめる。フランはすいと優から視線をそらす。その視線は、モニターに向けられていた。
「……まあ、万が一ということはある。それに君に殴られた事実が続行するのも、面白くはない」
「は?」
優は気づいた。モニターに視線を向けると、秒数よりも小さい数が、細かく細かく刻まれている。一秒の間の、無数の数が——。
「
瞬間移動装置には、自動制御がついていた。
暗闇。優は寝そべっている。
2021年12月31日——。
優は額を壁に打ちつけ、声にならない声を枕に吐き出した。
また、振り出しか!
優は身を起こして着替えるなり、荒々しく玄関を開ける。
「お兄さん? なんかあったの?」
マシカが布団から這い出て、しぱしぱと目を瞬かせていた。
「お前ら、今日は家にいろよ。いいか、ダラマさんと法先輩から連絡があっても、行くな!」
「え、なんで??」
「ややこしいからだよ」
優はそう言い残すなり、扉を閉めた。
夜の深い冬道を優は歩く。あの邪智暴虐なトンチキ博士の行動は頭にきているものの、外気の冷たさが冷静さを取り戻させてくれる。優は冷静にブチギレていた。
叩き起こしてでも、もう一度、いや何度でも説明をしてやる。そして彼が言った言葉がどう言う意味かを、問いただす必要がある——たとえ殴ってでも。
憤りと、また一人になってしまった不安で頭を満たしているうちに、大学にたどり着いた。一直線に研究棟を目指し、フランの研究室のドアの前に立った。肩で息をしながら、ノックもなしに優はドアノブを引いた。優ははずみでよろける。ガチャリ、と抵抗もなく開いたからだ。
——鍵は、開いていた。
普段、フランは鍵を必ずかけている印象があった。それが今日に限って開いている——しかも、深夜に。暗闇に隙間から光が入りこんだ。電気はついている。
優はそろりと、光に足を踏みこんだ。研究室は、パソコンからだろうか、小さなモーター音が響いている。
特注であろう、大きなオフィスチェアの背もたれから冬の枯れ草のような髪とともに、白衣が覗き見える。きい、と椅子を回し、巨躯の白衣の男は振り返った。
フランはまるで驚いた様子はない。まるで少し中座して、戻ってきたかのように。指を組み、すっかり口の聞けない優を見据えて、彼は口を開いた。
「——では、
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