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 幾度も同じ時間を繰り返して、気づいたことがある。

 一つは、優自身が行動や、変化を表情に表さなければ、周りの反応にも変化がないこと。もうそらでなぞれるほど、同じ会話を何度も聞いた。

 もう一つは、このループを自覚しているのは今のところ自分だけだということ。大晦日午前〇時に巻き戻ると、周りは何事もなかったように同じ日を繰り返す。なぜ自分だけが自覚できるのかは謎だ。いっそ気づかないのであればよかった——とさえ、思う。進まない時間。交わした会話は次のループでは忘れ去られる。カウントダウンの瞬間の、僅かに感じる時空の歪み。気が狂いそうだ。

 優がギリギリ正気の淵に立てていたのは、彼の祖父直伝「郷に入っては郷に従え」精神のおかげである。もともと「気難しい」と称されていた子供時代を送った優は、世間に馴染むため「自分で感じて、考える」ということを、祖父から教えこまれていた。だからこそ、このループを感じ、観察し、考えた。解明できる頭はないが、自分なりに理解をすることはできる。

 そして答えにすぐ至れなかったのも、「郷に入っては郷に従え」の精神のためである。

 いくらループをしているとはいえ、何度も同じことを繰り返しているとはいえ、頼まれたアルバイトを断ることはできなかった。というよりも、「どうにかしよう」という考えは彼にはなかった。いや、できるとは思っていなかった。除夜の鐘が突かれるたびに、緩やかに削られる精神はついに、全てを理解してプツリと途切れてしまったのだ。

 二日——正確には、2021年12月31日を二度、、、、、、、、、、、、、、、全て睡眠に費やしたことで、優はついに身を起こした。

 スマートフォンを確認する。午前五時。メッセージは昨日の、、、仁礼丹から送られたスケジュールと割り振りだけだ。当然、優以外にとってはバックレはまだ起きていないことなのだから、誰からも咎められることはない。ただ、優だけが罪悪感を覚える。だが——そのために、優は吹っ切れた。自分がどうあろうが、このループは続くのだ。

 優は諦めた。たとえ徒労であれ、この滑車を降りるため抗わなければならない。

 優は疑った。そのため、あの怪物の才能を信じることにした。

 優は理解した。そもそも何があったのか、——聞いた情報以上に、元凶を知らねばならない。

 そして優はブチギレた。二十三時半——あの研究室のやり取りサバトを全て確認した。


「お前かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」


 研究室の扉を開けるなり、驚いて硬直するマシカにヘッドロックをかました。マシカの頭蓋骨の軋みは彼の悲鳴を聞けばわかった。

 さらに優は椅子に座り唖然と目を見開くフランに強烈なビンタを喰らわせた。互いに無言であった。

 ダラマには十字架を投げつけ、怯んだ隙に大きな口にニンニクの塊をブチ込んだ。二度目のアナフィラキシーショック程度には効いた。

 そして、優はヨヴを抱きしめた。この良心的なヴァンパイアだけは労ってやらねばなるまい。ヨヴは驚いてぱちくりとしていた。どうして「今優がいたら」という思いが通じたのだろうか、と。

「いやなんで!??????」

 頭を抱えて崩れ落ちたマシカは、家主の奇行に目を白黒させる。

「理解不能だ。なぜ私は……平手打ちを喰らわねばならないのだ!」

「うるせーーーーーッ!!!」普段の淡々とした態度からは想像もできない形相で叫び、優はフランの胸ぐらを掴んだ。「アンタのせいで、気が狂いそうなんだよ、こっちは」

 無理に息巻いた熱を押さえつけた声は、いつもの数倍低かった。ヤンキーの凄み顔負けである。

「なんだその、熱烈な告白は!」

 ダラマはニンニクを吐き出してギョッとした。

「アンタもはっ倒すぞ!」

 そう言いながら優は親指に十字架を握りこみ、ダラマにビンタを喰らわせた。

「もうはっ倒してますよ!?」

 ヨヴは普段の淡白な優を知っている。が、いつかの家に押しいった悪魔と対峙した時の——思考停止した時の危機回避——反射神経も知っている。だからこそ、これほど感情的に乱れた優に動揺した。

 元来、知我優は——言葉よりも先に手が出る子供だった。思考が詰まり、言葉に表せなくなると、咄嗟の防衛反応や癇癪のように、体の反射で感情を先に示してしまう。「気難しい子」と言われていたのは、その気質と優少年の無表情ぶりも相まったせいである。何を考えているかわからない。だから、周りはより言って聞かせようとする。それでますます、優少年は口を閉ざし、心を閉ざしていた。それを解し、矯正したのが、優の祖父だ。自然の中で遊び、よく感じ、自分なりによく考えること。言葉がなくても感じられることを知り、それを、自分の言葉にすること。そして他人を考えること。優はマイペースなりに、世間との折り合いがつく青年となった。

 のだが、元来の反射神経の良さ、そしてアウトドアで身についたぱっと見の見た目とそぐわない筋力は、思考回路より一拍速い「体の感情」を示してしまう時が稀にある。

 それがまさに今であった。

 優は周りが自身を評価してくれるほどできた人間ではないと自負している。「周りに迷惑をかけない」という信条があるからこそ保っていられる体面だ。

 なぜなら自分が「キレていい」と判断できる正当な理由があればいくらでもキレる。感情が追いつかないままキレる。それをする必要がないほど、ここ近年の周りの環境が良かったり、反応をし損ねるほど予想外なことが起き続けただけである。

 ダラマが床に流れ伏したところで、優は能面のような無言の圧を感じる——見る人間によってどうとでも取れる表情で振り返る。フランは椅子の上で亀のように巨躯をかすかに縮め、マシカは震え上がり、珍しくヨヴの後ろに隠れた。

 全員が優にビビり散らしたところで、優は本題に入る。

「法先輩、その——瞬間移動装置、起動しないでください」

「……なぜ君が知っている? ヴァンパイアが教えたのか?」

 視線を団子のようにくっつくヴァンパイアたちに向ける。マシカは激しく首を振った。

「え……いや、言ってないよ! 実験内容は今日の朝知ったんだよ!? 連絡する暇なかったし」

「とにかく、アンタがそれを使ったせいで、ひどいことになるんですよ。俺が何ッ回今日を繰り返したか——!!!!」

 優は力みながら俯いた。ちょっと泣きそうだった。

「君は一体、何を言ってるんだ?」

「俺だって何を言ってるかわかんないですが!!? 事実なんですよ、アンタの瞬間移動装置で集団パニックが起きてどうなってんだミステリーで遊泳歪が取り上げたせいで!!! 一月一日がなかったことになった!」

「お、お兄さん?」

 捲し立てる優に気圧され、ヨヴは少しのけぞった。

「正気か、この人間」ダラマが少し顔を顰めた。

「でも、お兄さんがこんな冗談言うわけないですし……」

「……知我、君、今なんと言った?」

 フランはやや腫れた頬を抑えながら、隈に落ち窪んだぎょろりとした目を優に向ける。自分の支離滅裂ぶりがやはり夢なのではないか、と一瞬怯んでしまう。

「だ、だから……ッ法先輩が、瞬間移動——」

「そこじゃあない。聞きたくない名を聞いた気がするが」

「——遊泳歪、ですか」

「ふむ……」

 フランは片目を瞑り、顎を撫でた。ちらりと時計を見やる。時刻二十三時四十分——。

「フラン博士?」

 マシカの問いには答えず、フランは優の前に立ち塞がった。

「詳しく話を聞こうか。もっとも君の話が真実ならば、あまり時間はないがな」

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