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優が救急隊や警察からの対応から解放された時には、すっかり日が昇っていた。冬の澄んだ空気は感じながらも、慌ただしさからの徒労で、新年を迎えたという気持ちは薄い。神社の階段を降りていく間、何も知らない参拝客とは別に、マスコミや騒ぎを聞きつけた野次馬たちと見える人々ともすれ違った。
拝見と杭手は、大丈夫だろうか。グループにメッセージを送ってみたところ、一応無事だと返事は返ってきた。仁礼丹はもう新年だから帰っていいと告げ、優が手伝いを申し入れる暇もないうちに走り去ってしまった。結局、優は一度参拝をしてから、喧騒の神社を後にしたのだ。
それにしても——何が起きたのか。
一瞬の間、人が消えていた。それは優の目の錯覚でもなく、何人も目撃していたというのだから、超常現象——と言えるものかもしれない。だが、目の前で起きたことがあまりにも唐突で理解の及ばないものだと、「目撃した」という衝撃——その実感は、帰路を歩むうち、妙な不安感となっていった。
家の鍵を開け、中へ入ると、ヴァンパイアたちの姿はなかった。多分フランの研究室で年越しをしたのだろう。
結局録画はしていなかっただろうか、とテレビを点ける。しんとした部屋に、テレビからの音声が途端に流れこんだ。
「……あれ?」
確か番組表では、「世界どうなってんだミステリー」は昨日の二十一時から深夜一時までのはずだった。しかし今まさに、「どうミス」は放送されていた。番組表に切り替えてみると、緊急生放送として、番組が延長されていたのだ。
「——年越しの瞬間、初詣で賑わう神社での謎の集団パニックですが、その直前に奇妙な現象が起きていました」
テレビに映る、アシスタントであろう女性アナウンサーはVTRを振った。そこに映った映像は、優がアルバイトの巫女から見せられたあの人が消える瞬間の動画だった。凝視していると、その動画に映っていた若者の男性一人がインタビューを受けている映像に切り替わる。
「やあ、まじでその自分も、わけわかんないんすよ。新年のカウントダウンしてたら宇宙が一瞬見えて、でその瞬間、息も出来なくなって、気がついたら倒れてたって感じっすね」
大袈裟な身振り手振りだが、表情だけは真剣そのものだった。
映像はアナウンサーのアップに切り替わる。
「えーこの映像と同じ現象を、実際に体験した人と、目撃した人がこの神社で大多数いた、ということですが、
そうアナウンサーから話題を振られた、サングラスの男——遊泳歪は、真剣な面持ちで、カメラ目線で訴えかける。
「これはですね、集団アブダクションが考えられます」
「集団、アブダクション」
「ええ、宇宙人の仕業ですね。大規模なアブダクションを実行した。アブダクションされた彼ら、また観測した人間たちには一瞬と感じられたでしょうが、実際は何年もの時が経っていて、彼らは実験されたと考えていいでしょう」
「ええー……」
優は眉をひそめ、自称UFO研究家の突拍子もない話に首を傾げた。確かに不思議な現象ではあったが、それにしてもなんて空想的、なんてオカルト的。こんな風に断言していいものだろうか。
意気揚々と捲し立てる男のグレーの長髪は染めたものではなく、見たところ地毛に思える。その割には顔つきや声質は若く、痩せ型の体型と、揺れる柳のような、老人のような猫背で、年齢を予測させない雰囲気がある。まさしく「オカルトタレント」といった風貌だ。
「今はSNSで、誰でも情報を発信できますし、捏造もできます。だからこそ、これほど同時間帯に同じ現象を観測している、体験しているというのがライブ的ですよ。そう事実、リアルタイムで配信をしていた人もいるじゃあないですか」
「それを言ったら、背景の合成ができるでしょ」
「みんな宇宙の背景を使いますかね〜〜? だったら芸がないですよ」
「フラッシュモブじゃないか、って意見もありますが、どうでしょう」
「示しあわせたように、一瞬消えるなんて、できますかねえ?」遊泳は漫画のように唇を尖らせる。「これは、宇宙人しかあり得ない事象ですよ」
恐ろしいほどの自信。無性に癪に触る感じ。クセが強い、というべきか。
優は呆然と掴んでいたリモコンから手を離した。スマートフォンが着信で震えたのだ。画面は「ヴァンパイア」と表示されていた。寒さのせいか、すでに充電が死にかけているので、慌てて充電器を刺してから出る。
「お兄さん、大丈夫? ニュースのやつ、カシラの神社だよね」マシカの声だった。
ヴァンパイアにはない習慣だからか、事件が事件だったからか、新年の挨拶もなしに尋ねられる。どうやらテレビを見たらしい。
「ああ、俺は別に……杭手と拝見先輩が巻きこまれたみたいだけど。……それと『どうなってんだミステリー』、録画してなかったわ。ちょうどその事件の生放送、やってるっぽいけど、今からでも録画しておくか?」
「いやあ〜……それがさ」マシカは言い淀んだ。「それって僕らのせいみたい」
「は?」
紛れもなく、宇宙人のせいです!
そう言い切る遊泳の声がテレビから聞こえた。
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