3-5
*
お守りの在庫は見る限り、余裕はあった。果たしてどの程度補充が必要か、優は把握せずに来てしまったことを思い出した。
「……十、九、八、七……」
境内から、声を合わせたカウントダウンが聞こえる。凡ミスをしてしてしまったまま年が明けるとは——何とも決まりの悪い。
「六、五、四……」
確か、交通安全は良くはけているはず。健康祈願と、あと縁結びは昼頃よくはけると聞いたので、とりあえず足元に段ボールを置いておくくらいはありだろう。——そう思い、売り場の方へ目を向けた。戸は開けたままなので、境内の喧騒はよく見える。年明けの瞬間くらいは、意識をそちらへ向けてもいいだろう。
「さーん、にー、いーち——」
カウントダウンが終わり、一層の賑やかさが訪れる——かと思われたが、境内は一瞬の静寂と、困惑に包まれた。
「……え?」
優は目を瞬かせ、のろのろと売り場へと向かった。見間違いだったかもしれない。現に今は、先ほどと人の密集は変わっていない。だが、確かに見た。
まるで映像が一瞬飛んでしまったような違和感。
人が消えた。
境内にいたたくさんの人間が、一瞬にして消えた。
人々は急に咽せたり、ふらついて倒れたり、空と地面を身比べて困惑をしていたり、あるいは叫び出し、走り出し——境内はあらゆるパニックで溢れかえっていた。
アルバイトの巫女が、スマートフォンを構えたままぽかんと立ち尽くしていた。
「……何か、ありま……せんでした?」
優が声をかけると、彼女はぱくぱくと口を動かし、
「あ、あ、あ、あの………………ひ、ひひひひ、人……」
ぶるぶると震える手で、手に抱えた端末を優に差し出す。その画面には、録画した映像が写っている。再生すると、テンションの高い数人の若者たちが、カウントダウンをしている様子が写っていた。若者たちは屈み、振り子のように手を前後に振っている。
『…ごー、よーん、さーん、にー、いーち…ぜ』
一瞬の無音。そして、やはり優が目にしたように、カメラに映っていた若者たちは姿を消し、膝から崩れ落ちるようにして、再び姿を現した。
「と、と、撮ってくれって渡されて、これ、あれ、なんですか? ドッキリ、ですよね……?」
不安げな笑みを浮かべる彼女に、優は何も返せなかった。
「知我ーーッ」
ざわつく境内から、狩衣を着た仁礼丹が駆け寄ってくる。
「無事か?」
「無事っていうか、何が起きたんですか?」
「わからねえ。こっちが聞きてえ。何か至る所でパニックが起きてんだ。倒れてる参拝客ももいるからとりあえず救急車は呼んだが……」
「あ、拝見先輩と杭手は?」
「一応無事だけど、杭手は十字を切って真顔で青ざめてたし、拝見はすげえ悟った面してたな。どっちも見たことねえ顔だったぜ」
み、見たい。ではなく、何があっても動じなそうな二人がそんな状態になるのだから、多分巻き込まれているのだろう。
「とりあえず、屋内にいたやつは無事みてえなんだけど……忙しくてわりーんだけど、他に怪我人や体調不良の人がいねえか一巡して確認してきてくれ」
「わかりました」
優は頷く。頼むな、と仁礼丹は去り際、慌てて振り返る。
「あともしかしたら、こんだけ大規模にパニックが起きてると事情聴取とかもあるかもしれねえから、覚悟しとけよ」
「えっ、えっ?」
「新年早々、大変なことになっちまったなあ。ハッピーニューイヤー!」
指を軽く突きつける。仁礼丹は小さく舌打ちをして、乾いた笑みを見せた。
優は呆然として、夜の荒れた海のような人のうねりをかき分けて去るカシラ——仁礼丹の背を見送った。
*
2022年1月1日。
時刻午前〇時〇分、一、二、三——秒。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
研究室には一瞬宇宙に飛び立ち、戻ってきた四人が見つめ合う間に静寂が満ちていた。
「成功したの?」
マシカが問う。
「わからん!」
ダラマは、はっきりと言い切った。
「生存に必死だからな」
フランはもうモニターに向かっていた。
「結局だめじゃないですかー!?」
ヨヴだけが、新年に徒労を引き継いだのだった。
そしてこの一連の出来事により、元旦の緩やかな雰囲気が一変していることを、彼らは日が昇る頃に知ることになる。
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