3-1
2021年12月31日。——大晦日。
深夜二十三時。冬の夜は、凛と澄んだ空気の中、濃紺の空に星が浮かんでいて神秘的な気持ちになる。売店の明るすぎる電光と、境内の人混みと、暗い空の境目で目がぼやけてくる。
すみませーん、と声をかけられ、ハッとして視線を前に戻す。何人もの参拝客が横並びに詰め寄っていた。いくつかのお守りを指で指示され、慌てて包装しながら、値段を計算する。受け渡す際に「良いお年を」と声をかけることを、優はたびたび忘れる。
優は男巫としてお守りや熊手を売っていた。男巫とは初詣に行くとよく見る、いわゆる「巫女さん」の男版だ。優が初詣に行っていた神社は巫女しか見たことがなかったので、こういったバイトは女性しかできないものかと思っていた。まさか自分が売る側になるとは。目まぐるしい人の流れに、優はほとほと疲れてため息をついた、
「お疲れ、優くん。甘酒もらって来たよ」
「よォ、盛況だなァ」
「あ、杭手……と拝見先輩」
スタッフのジャンパーを着こんだ杭手と、バイクで来たのだろう、ライダースーツ姿の拝見が手を振っていた。
「今合流したから、休憩ついでに一緒に戻ってきたんだ」
手渡された紙コップに入った甘酒を優は受け取り、三人は一度奥の事務所に引っこんだ。
「なあ、やっぱ俺……接客向かないんだけど……交通整備に行きたい……」
「頑張って、優くん……」
「この混み具合じゃァ忙しいだろうなァ」
杭手は駐車場の交通整備、拝見はお焚き上げの預かり係をする手筈だ。
「別に忙しいのはいいんですけど……絶対二人の方が売り場にいた方がいいですよ」
「いやァ、装束着る系はなあ、ウチの年配知り合いに見つかるとちょっとメンドくてなァ……」
「俺も一応……なんとも言われないとは思うんだけど。ごめんね、優くん」
優は唸った。今だけ家系の平凡さが恨めしい。仁礼丹も忙しいのか売り場に顔を出さないので、知り合いのいない心細さが多少ある。
「カシラにも挨拶してェけど、時間なさそうだなァ」
「後で顔出しに回るそうですよ。年は明けた後になりそうですけど」
「しゃーねェ、迷惑かけらんねェから、行くわ」
ぐいと甘酒を飲み干し、拝見は紙コップをゴミ箱に捨て、ライダースーツからスタッフのウィンドブレーカーに着替えた。
「二人とも頑張れよォ」
拝見が手を振った。寺の行事で忙しかっただろうに、そんな様子はまるでない足取りだった。先輩の背をぼんやりと見送り、優はふと、思い出す。
「……あ」
「どうしたの?」
「いや、予約忘れたなって……『どうなってんだミステリー』」
まあ、どうせ内容は、毎年同じようなものだ。
そういえばヴァンパイアたちも見たがっていた。彼らの用事は、終わったのだろうか。
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