2−1
2021年12月31日。
午前九時。夜中には雪が降り続いていたようだが、現在は快晴だった。
片目を瞑り、窓から降り注ぐ光を見る。画面もキーボードも目を向けないまま、指先だけはタイピングを続けている。
「……まあ、いいだろう。突貫にしては十分だ」
キーボードから手を離し、長い息を吐き出し、特注のオフィスチェアに背を預け、大きな骨太の手で乱雑に髪を乱す。数日前に受け、今日がデッドラインの依頼品が出来た。だが、試験はこれからだ。
ずるずると背もたれから、巨躯がずり落ちていく。後髪がぐしゃぐしゃに潰れるが、そんなことは気にしない。気になるのはこれからの実験と、白衣がすっかりよれてしまったことくらいだ。
年中白衣にワイシャツという出立ちのフランだが、冬の寒さには耐えかねて白衣の中はネルシャツだった。奴らが来る前に着替えておきたい、と思いながらも、動けない。
動けない? この私が?
フランは勢いよく身を起こし、立ち上がる。ロッカーを開けて、新しい白衣とワイシャツを取り出した。身を整えながらフランは親指で隈を撫でる。乾燥し充血した瞳は瞳孔がガン開きだった。目眩がするほどあたりが眩しい。
ふっと窓からの光が和らぎ、翳る。冬の冷たい風が髪を揺らす。
窓は閉めていたはず。そう思い顔を上げた瞬間に飛びこんできたものは、ラメ入りの派手な赤スーツを着た、銀髪赤目のやけに美形な男だった。
「血色が悪いぞ人間!」
美形の男は窓に額をつけて言い放つ。徹夜明けには厳しいほどでかい声がフランの鼓膜を貫いた。
「だ…………ッ」
フランは咄嗟に叫びかける。通常ならここの窓の外から顔を出すなど無謀を働くものはいない。この研究室は四階にあるのだ。
だが可能な輩もいるのだと、ここ最近になりフランは知見を得ることになった。珍妙で、理解し難い、だが、認知してしまった以上認めざるを得ない。
ちらと覗く牙、尖った
窓のサッシに立つこの高慢が顔に滲み出る男——ダラマの特徴は珍妙なそれに当てはまる。
気を持ち直そうとしている最中、背後でガタガタガタとドアが揺れた。
「フラン博士〜入〜れ〜て〜」
「来ましたよ〜」
声変わりしかけのような子供の声と共に、ドアノブがガチャガチャと回される。まるでわざとらしいホラー映画だ。だが、フランは絶句した。思考を整えたいが、周りが喧しい。博士ー。おい、人間、聞いているのか。フラン博士〜。寒いんですが。
「煩い!!!!!! わかったから入れ!!!!」
ドアノブが回され、「お邪魔しまーす」と少年が二人——マシカとヨヴが笑顔で研究室に足を踏み入れた。同じタイミングで、窓の縁から足を離し、ダラマもふわりと降り立った。
フランは頭を掻き乱し、肩を落としてようやく、いつもの冷静さを取り戻した。
珍妙。実に、理解が出来ない。
窓も、ドアも鍵をかけていた。「入れ」といっただけで、フランは鍵を開ける動作などしていない。そのはずだが、
にも関わらず、招かれなければ入れないなど、ヴァンパイアとは、合理的でない。
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