1-2
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「
夕方、メッセージの話の流れで、仁礼丹含むアウトドアサークルのいつものメンツはファミレスの一角席に集合した。いつも通り派手な見た目の杭手と拝見、仁礼丹は仕事帰りなのかスーツを着崩していた。柄の悪さ——目つきの悪さに周りが引いている。そこに押し込められている優は比べるとかなり地味だ。側から見れば借金で詰められているようにも見える。
が、事実そんなことはなく、三人はどう見られようがあまり気にしない。勝手に周囲の雰囲気を感じ取り気まずさを覚えるのは優だけである。
「あれ。優、ガキたちは?」
拝見はきょろと目力のある金色の瞳を動かし、長い金髪をかき上げる。冬はスカジャンの静電気に悩まされるらしく、長髪を気にするらしい。凛々しい眉はたまに、パチリとした音とともに眉間に皺が寄る。
「家でそのままテレビ見るって言ってたんで、置いてきました」
「へえ、何見てるの?」
杭手は柔らかい微笑で尋ねる。オレンジ色の明るい髪と金のカフスで飾られているわりに、控えめな––––アルカイックスマイルというのだろうか。穏やかに笑うのだ。
「あー……『世界どうなってんだミステリー』の再放送。CMで見て興味持ったらしくて」
「あれ面白ェよな。なんか見ちまうんだよ。ツチノコとかマジでいたら捕まえてみてェ」
拝見は頬杖をついて、鮫のように尖った歯を見せて笑う。この豪胆な男ならいつか捕まえそうな勢いはある。
「俺はUFO見てみたいなあ。でも攫われたりしたら怖いなあ」
のんびりと空想するように、窓の外に視線を向け、杭手は困ったように笑った。見た目に反して、天然な面がある彼は遭遇をしても気づかなそうだ。
「今年もあんのか、あれ。リアルタイムじゃ見たことねーけど、毎年なぜか録画しちまうんだよな。まあ大体は作りもんってわかるがなあ」
仁礼丹はコーヒーをすする。眼鏡の奥の疲れが表れている目は、より険しい目つきになっている。本人は何も考えていないだろうが、視線を向けられると射すくめられた気持ちになる。拝見が「カシラ」と呼ぶ貫禄もわかる。
優は口を挟まず、水で唇を湿らせた。摩訶不思議話をしている彼ら三人も優からして見れば十分不思議な存在である。
ヴァンパイアたちは「聖人」などと呼ぶ、優は何だかよくわからないが、魔物だとか、邪悪なものとかを近づけない「聖なるオーラ」を纏う人間がいるらしい。それが家柄と関係するのかは知らないが、彼ら三人は、曰くその「聖人」だ。
ヴァンパイアに聖人、そんな不思議存在がすでに身近にいる優にとってみれば、事実は小説より奇なり、と言うべきか。テレビで取り上げられるような超常現象は信じないにしても、どこかでは本当に起きているかもしれない。……だが、巻き込まれるのはごめんだった。
「……いや、そんな話はいいんですよ」
優は自分のせいで脱線した話題を修正する。仁礼丹は目を瞬かせ、唇を巻いた。
「わりい、そうだった。あのなあ……俺ん実家、神社なのは知ってるよな」
「ああ、はい」
優は頷く。
「年末年始ったらあ、わかるよな」
「……初詣、ですか」
「そう」仁礼丹は人差し指を乱雑に振り、優を指さした。「初詣だよ。ちょっと予定してたバイトが数人抜けてなあ。人手が足りねえんだ」
「初詣って言うと、神社のイメージですからね。巫女さんとか忙しそうだし……」
「俺はもともと手伝うつもりっスよ。一蓮托生じゃねっスか。カシラの頼みだったらいつでも聞きます!」
にぱっと明るい笑みを見せ、拝見は親指を立てた。普段から気前のいい人間だが、「カシラ」を前にするといつものギラギラとしたリーダー気質が、忠犬のような印象になる。優はそのギャップがいまだに慣れない。優はけど、と口をついた。
「拝見先輩、寺の方はいいんですか?」
「いいっつーか、まあ俺は檀家と挨拶するくらいよ。親戚とかバイトとかで、人手は多いくらいだし」と言い、スマートフォンを見る。「まあ手伝えるのは……二十三時からになるけど……いっスかね?」
「いや、そんくらいから人増えるから、入ってくれるなら有り難え」
仁礼丹はふーっとため息をつき、胸ポケットをしきりに探っていた。煙草が吸いたいようだ。仁礼丹はテーブルに落とした視線を上げた。
「杭手は……親父さんが寂しがりそうだな」
「えっ。いやあ……確かに年越しはホームパーティーをして過ごすのが習慣ですけど……」
杭手は首を傾げて、左の目元にある並んだほくろを軽く撫でて笑う。
「結構洋風だよな、お前んち。教会だから?」
優が尋ねると、杭手はまた少し考えこんだ。
「うーん、それもあるかもしれないけど、俺が寂しくないようにしてくれてたんだと思う」
杭手の家は、父子家庭だ。彼の性格が良いこともあり、とても大切に育てられたのだろうと思う。だからなのか、父親への信頼は厚い。
「ああ、そうか……じゃあ、尚更」
仁礼丹が言いかけるのを、杭手は慌てて遮った。
「いや、でも年越しの瞬間までっていうのもないから……夜は俺も手伝いますよ」
「なんか、わりいな、ほんと。知我は?」
不意に振られ、優は目を泳がせた。
「え、あー……まあ、何にもないんで、いいですよ」
本音を言えば、少々ゆっくりしたい気持ちもあったが、単純に断る理由がなかった。仁礼丹には以前、食事を奢ってもらった礼もある。
「ほんっとに助かる……この礼はギャラで返す」
仁礼丹は素早く柏手を打ち、手のひらを擦りあわせた。少しバイト代を増してくれるということだろう。それはそれで、ありがたい。労働付きのお年玉だと思うことにしよう。
「マシカくんとヨヴくんは?」
杭手がそう尋ねた。杭手は何かとヴァンパイアのことを気にしてくれている。一人っ子だから弟のように思えるのだろう。……実際ヴァンパイアたちは、見た目が若いだけで、ここのメンツの誰よりも歳を食っているが。
「いや、予定があるって。
「ア? フーン、だからか」
拝見は顎にある金のピアスを撫でて呟いた。何か知っているのだろうかと、優は少し身を乗り出して尋ねた。
イヤ、と拝見は眉を片方上げる。
「ちょっと前にフランの研究室に行った時、ガキどもと––––社長だったかと逢ってたんだよ。ホラ、あの健康ランドの、派手な赤スーツの」
「……ダラマ……さん?」
「そんな名前だったなァ。そん時にフランが何か頼ンでたんだ」
拝見は大いに頷いて指を鳴らした。
「誰だ?」
仁礼丹が首を傾げると、杭手が話を遮らないようにこっそりと説明した。
「えーと……法先輩は拝見さんの同期生……? で、ダラマさんはマシカくんとヨヴくんのバイト先の支配人です」
「支配人はヴァンパイアです」
優がさらに補足する。事実なのに怪文書のようだ。
「まじかい。んでそのフランってのは?」
訝しむ仁礼丹の問いに、三人は顔を見合わせた。見合わせた末、優は拝見に尋ねる。
「……人間ですよね?」
「なんで疑問系なんだよ」
仁礼丹はますます訝しんだ。
「並外れてんですよ、背も俺よりデケェし、何してるかわかんねえけどバカがつくほど天才スよ」
拝見はそう答えつつ、面白ェ奴ですよ、と満面の笑みを浮かべる。
「おめーよりでけえ? どうなってんだよそいつ」
仁礼丹は目を見開いた。ギョッとするのも当然である。拝見の身長は一九〇センチあるのだ。
「まあ、怪物って言われてるほど、ですからね……」
優は呟くようにつけ加える。コップの水がなくなりつつあった。
頭が良いのは確かだが、理解を超えたものを実現させるために、合理的であれば——彼の中で筋が通っていれば——なんでもありなのだ。たとえ倫理や道徳が終わっていても。
さてその怪物は、ヴァンパイアと共に何の企んでいるのだろうか。
重い曇天から、ちらちらと雪が落ちてくる。今年最後の日に、何事もないといいのだが——。
優はこめかみを抑え、テーブルに肘をついた。
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