第9話


 ヴァンパイアは、夏に現れ、秋に消える。

 夏は人々が薄着になり、開放的になり、無防備になる。夏が過ぎても、昨今ハロウィンはコスプレだとかで露出の多い衣装を着るものが多い。だからこそ、八月から十月までは、ヴァンパイアにとっては最高の狩場になるからだ。

 その先の冬は、細々と輸血パックやらで食い繋ぐのがほとんどになる。ヴァンパイアの集合する地域があるとか、ないとか、世間では噂がされている。

 ヨヴの案内した小屋に、少年ヴァンパイアたちは身を置いた。埃っぽく、部屋には、どこからか拾ってきたのか古い小説が置いてあった。

 薄暗い中でも、ヴァンパイアには関係ない。マシカはペラペラとページを捲ると、ふっとチョコレートの香りが漂る。

「マシカは、どうやってお兄さんのもとへ行ったのですか?」

 ヨヴは、摘んだ花の蜜を吸いながら問いかけた。

「僕は川。お兄さん一人BBQしてた」

「ああ……意外とアウトドアですよねえ」

「ふらふら〜っと近づいて、思わず噛みついちゃった」

 夏の終わり、最後の蝉が鳴いている頃、知我は川で釣った魚を焼いていた。持ってきていたとうもろこしやピーマンやソーセージを串刺しにして、小さな網で焼き、それが焼き上がるまで釣り糸を垂らしていた。

「お兄さん、怒ったでしょう」

「いや……それが、全然」

 マシカは、釣りと食事以外ピクリとも身動きをしない知我の腕に噛みついた。

「お兄さん、全然怒んなかったんだよ。噛まれた瞬間はぎょっとしてたけど、僕をじっと見つめて、そのまま、火を見つめ始めた」

「そういえば僕も……そうでした。山で休憩中だったのか、ぼんやりしていて……何もいわなかった」

 ヨヴはぽつりと言葉をこぼした。

「家ではあんなに怒るくせにねえ」

「ねえ……」

 でも。

 二人はしん、と言葉を止めた。

 出ていけ、というけれど。

 勝手に噛んだら、怒るけれど。

 一度も、本気で追い出そうとはしなかった。

 虫の音が小さく鳴り響く。夜は、静かに更けていった。



 

 早朝、知我は近所の山へ来た。ヨヴがついてきてしまった原因の山だ。樹々は緑の中に数枚紅葉を始めていて、青空は高く、心地のいい気候だ。流れる風の音に紛れ、鳥の囀りが遠くから聞こえる。地面からは秋の虫がそろそろと鳴き、知我が近くを通るとその声は止んだ。

 寂れた小屋が近くにある、小さな展望台があった。展望台に歩み寄り、額を撫でる風に誘われて視線を下げると、住んでいる街が見える。中々広いと思う。ヴァンパイアの移動距離がどれほどかは知らないが、数日いないのだから街から出て行ってしまっていてもおかしくはない。ただ遭遇したのは近所の山や川だから、この周辺にいるヴァンパイアだろう。

 日課だから来てしまっただけで、探そうと思ったわけではない。ただ急に消えてしまったから、少し––––気になっただけだ。

リュックサックのポケットに入れていた、麦茶入りのペットボトルを取り出して飲む。

 ぼんやりと佇んで待っていても、一向に何かが近づく気配はない。

「……おーい」

 ぽそりと口に出した呼びかけは、風に吸いこまれていった。ペットボトルの蓋を締めてリュックサックにしまい、山を降りた。

 知我は公園へ向かった。子供たちは相変わらずはしゃいでいる。ボール遊びや、鬼ごっこや、ブランコを激しく漕ぐちょっと危なっかしい子もいた。涼しい気温になったからか、元気のよさが心地いい。

 子供の一人が、知我に気づいて手を振った。いつぞや、ヴァンパイアたちから追いかけられて通報の英断をした子だ。

「こんにちは」

 知我は屈んで声をかけた。変質者を見なかったか尋ねてみたが、見てないと首を振った。

「また遊ぼうっていっておいて!」

 無邪気にそう告げて、小さくくしゃみをした。

「季節の変わり目だから、気をつけてね」

 知我はティッシュを子供に差し出す。受け取った子供は笑って頷いた。

 子供が駆けていく後ろ姿を見送り、知我は立ち上がる。空を見ると、まだ昼頃だというのに白い月が浮かんでいる。月を見ていて、思い知る。

 季節は秋になったのだ。

 ヴァンパイアは、もういない。

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