第10話


 ––––ねえ。マシカ。

 ––––何?

 ––––僕らを探しているのでは。

 ––––ヤマビコじゃあないの。

 ––––にしては小さいですよ。

 ––––じゃあ探してない。

 ––––マシカ……。

 ––––なんだよ。いつも煙たがってた。探すなんてあり得ないよ。

 ––––あり得たっていいじゃないですか。

 ––––じゃあどうするって言うのさ。

 ––––様子を見にいきましょう。もう一度。もう一度だけ。

 

 

 すっかり夜になってしまった。知我は足元に目を落として、家路を歩いていたどの道も、ヴァンパイアには出くわさない。

 一体どこへ行ったのだか。徒労のせいか、ため息を吐く。知我は自分の気持ちがよくわからなかった。なぜ、心配などするのだろう。これでヴァンパイアとの攻防で悩まされることはない。部屋のニンニク臭さもすっかりとれて、生活は元通りだ。

 マンションの上部から、はしゃぎ声が聞こえた。知我は思わず声の方向を見る。カーテンに二人、子供が飛び跳ねている影が見えた。それを咎める母親の声がして、その影は窓から離れていく。それが何とも、懐かしいような気がした。視線を下げると、ガラス張りの自動ドアが目についた。少し目を凝らすと、暗がりで四つの光がゆらめいている。並列に二つ、それが二つ。小さな赤い光が瞬いた。

 知我は前を向き、ガラスに映る光からは視線を逸らさず追うと、光たちは音も立てず、ふわふわとついてきた。

 玄関の前についた。ライトの下に、黄色がかった光に、蛾がたかっている。知我は鍵を差しこみ回す。ノブを掴み、カチリと開いた。

 足を踏み入れる直前、知我はぴたりと足を止めた。

「で」

 知我は振り返らず、口にする。後ろに感じる気配が、まだいるのだとしたら。

「どこ行ってたんだよ」

 赤い光たちは、戸惑った。振り向きもせずに、なぜいることがわかるのだろう。しかしバレているのならば、観念するしかない。

 ヴァンパイアたちは、姿を表す。真っ白な髪、赤い瞳。黒い襟付きマントを羽織る、少年たちが、気まずそうに立ち並ぶ。

「……いやあ、ほら、僕たちさあ、ヴァンパイアだから」

 ショートヘアのヴァンパイア、マシカが誤魔化すように笑いながら口にする。

「家主から離れると、招いてもらわないと入れなくて……」

 ロングヘアのヴァンパイアが、申し訳なさそうに、知我の背中を上目で見る。

 なんの返事も返ってこない背中に、言葉を投げるこの気まずさに耐えられず、マシカは被せるように続けた。

「でもほら、僕たちのこと……」

 マシカは、まごまごとする自分に不思議だった。人間なんてたくさんいる。嫌われてばかりだ。居座り続けたわけだから、嫌われるなんてなおさら、今更––––なのに、どうして不安を感じるのだろう。

 ヴァンパイアたちは上目で、何も言わず固まったままの知我の背中をじっと見る。

 背後でもにょもにょと子供並みに辿々しい言い訳が聞こえる。知我は、眉根を寄せ、どうにもわからん、と思っていた。

 ––––なんでこいつら居座るくらい図々しいのに、「招いてもらえないかも」とか気にするんだ?

 妙なところで、人間臭い。ふいに、郷に入っては郷に従え、と言葉が浮かぶ。ヴァンパイアもそうなのだろうか。

 知我の背中が震える。ヴァンパイアたちは視線を見合わせ、少しだけ身を固くした。

「変な奴ら」

 知我は小さく吹き出した。気まずそうな空気が、本当にただの子供のようだ。おかしくて、思わず破顔した。

 知我はため息を一つして、振り返る。ヴァンパイアたちは少し目を丸くした。無愛想だった男の––––今も無愛想だが––––少し柔らいだまなざしがそこにあった。

「入れば?」

 ヴァンパイアたちは、玄関先でまごついた。まるで出会いの頃とは違う遠慮気味な様子に、知我はまた少し笑えた。

 

 もう秋も半ばだというのに、ヴァンパイアはまだここにいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る