第10話
––––ねえ。マシカ。
––––何?
––––僕らを探しているのでは。
––––ヤマビコじゃあないの。
––––にしては小さいですよ。
––––じゃあ探してない。
––––マシカ……。
––––なんだよ。いつも煙たがってた。探すなんてあり得ないよ。
––––あり得たっていいじゃないですか。
––––じゃあどうするって言うのさ。
––––様子を見にいきましょう。もう一度。もう一度だけ。
*
すっかり夜になってしまった。知我は足元に目を落として、家路を歩いていたどの道も、ヴァンパイアには出くわさない。
一体どこへ行ったのだか。徒労のせいか、ため息を吐く。知我は自分の気持ちがよくわからなかった。なぜ、心配などするのだろう。これでヴァンパイアとの攻防で悩まされることはない。部屋のニンニク臭さもすっかりとれて、生活は元通りだ。
マンションの上部から、はしゃぎ声が聞こえた。知我は思わず声の方向を見る。カーテンに二人、子供が飛び跳ねている影が見えた。それを咎める母親の声がして、その影は窓から離れていく。それが何とも、懐かしいような気がした。視線を下げると、ガラス張りの自動ドアが目についた。少し目を凝らすと、暗がりで四つの光がゆらめいている。並列に二つ、それが二つ。小さな赤い光が瞬いた。
知我は前を向き、ガラスに映る光からは視線を逸らさず追うと、光たちは音も立てず、ふわふわとついてきた。
玄関の前についた。ライトの下に、黄色がかった光に、蛾がたかっている。知我は鍵を差しこみ回す。ノブを掴み、カチリと開いた。
足を踏み入れる直前、知我はぴたりと足を止めた。
「で」
知我は振り返らず、口にする。後ろに感じる気配が、まだいるのだとしたら。
「どこ行ってたんだよ」
赤い光たちは、戸惑った。振り向きもせずに、なぜいることがわかるのだろう。しかしバレているのならば、観念するしかない。
ヴァンパイアたちは、姿を表す。真っ白な髪、赤い瞳。黒い襟付きマントを羽織る、少年たちが、気まずそうに立ち並ぶ。
「……いやあ、ほら、僕たちさあ、ヴァンパイアだから」
ショートヘアのヴァンパイア、マシカが誤魔化すように笑いながら口にする。
「家主から離れると、招いてもらわないと入れなくて……」
ロングヘアのヴァンパイアが、申し訳なさそうに、知我の背中を上目で見る。
なんの返事も返ってこない背中に、言葉を投げるこの気まずさに耐えられず、マシカは被せるように続けた。
「でもほら、僕たちのこと……」
マシカは、まごまごとする自分に不思議だった。人間なんてたくさんいる。嫌われてばかりだ。居座り続けたわけだから、嫌われるなんてなおさら、今更––––なのに、どうして不安を感じるのだろう。
ヴァンパイアたちは上目で、何も言わず固まったままの知我の背中をじっと見る。
背後でもにょもにょと子供並みに辿々しい言い訳が聞こえる。知我は、眉根を寄せ、どうにもわからん、と思っていた。
––––なんでこいつら居座るくらい図々しいのに、「招いてもらえないかも」とか気にするんだ?
妙なところで、人間臭い。ふいに、郷に入っては郷に従え、と言葉が浮かぶ。ヴァンパイアもそうなのだろうか。
知我の背中が震える。ヴァンパイアたちは視線を見合わせ、少しだけ身を固くした。
「変な奴ら」
知我は小さく吹き出した。気まずそうな空気が、本当にただの子供のようだ。おかしくて、思わず破顔した。
知我はため息を一つして、振り返る。ヴァンパイアたちは少し目を丸くした。無愛想だった男の––––今も無愛想だが––––少し柔らいだまなざしがそこにあった。
「入れば?」
ヴァンパイアたちは、玄関先でまごついた。まるで出会いの頃とは違う遠慮気味な様子に、知我はまた少し笑えた。
もう秋も半ばだというのに、ヴァンパイアはまだここにいる。
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