第8話
大学帰りの夕方、鍵を回して、扉を開ける。物音ひとつしない薄暗い部屋の電気を点ける。外から帰った時に感じる独特のニンニク臭に顔をしかめる。よくもまあ、この部屋にこもってられたもんだ。
知我は荷物を下ろす。十字架をかざしてみるが、どこにも靄の反応もなく、何も起きない。
ヴァンパイアたちが帰って来なくなった。
……いや、居なくなった。
次の餌場を見つけたか、二郎に耐えられなくなったかだろう。ニンニク臭がひどく、知我は窓を開ける。
「いやあ––––せいせいした」
深呼吸をして、息を吐く。ここ数日、奴らが姿を隠して潜んでいるのではないかと思っていたが、どうやら本当に居なくなったらしい。
いっそ引っ越すべきかと考えていたが、必要がなくなった。ニンニク臭もしばらくしたら取れるだろう。二郎で顔を覚えられてしまい、そろそろ行きたくなくなってきたところだ。
秋が深まれば、山は美しい紅葉に染まる。登山にいい季節だ。
ニンニク臭が薄まり、窓を開けたままにして、テレビの前に腰を下ろす。ふと香る、花の香りにテーブルを見る。
少し枯れ始めている、ヴァンパイアのおやつの籠の薔薇の花びらが風に揺れている。手つかずの一口チョコレートをひとつ拾い上げ、包みを開ける。少しほろ苦く、カカオの濃い味だ。
「……もう、必要ないか」
ぽつりと呟くと、しんと部屋の壁に吸いこまれていく。バイクが通り過ぎる音がして、人々の笑い声あう声、子供たちのはしゃぐ声が近づいては、遠のいていく。
あいつらのことだ、油断したところで帰ってくるに違いない。ヴァンパイアとはそういう生き物じゃあないか。夏になるなり現れて、秋に消えたと思えば、勝手に居座るような奴らなのだ。勝手に住み着いて、勝手についてきて、勝手に一緒にいるような––––無遠慮な奴らだ。だから別に––––。
若い少年たちの笑い声が聞こえた。知我は立ち上がり、窓に駆け寄る。中学生くらいの男子たちが談笑しながら、そばの道路を歩き、通り過ぎていった。
その様子を気まずく見送り、知我は窓を閉めた。
部屋の中は、とても静かだ。
*
夕日が落ちて、あたりは、すっかり暗くなった。残り火のような四つの光が、知我の家の上で輝いている。夜の幕が降りるたび、膝を抱えた赤い目の少年が二人、うっすらと輪郭を表す。
––––やっぱり、僕たち、迷惑なようです。
––––せいせいしたって、いってたねえ……。
––––どうしましょう。
––––どうしましょうったって、ねえ。
…………。
––––ヨヴの山ってなんかある?
––––ええ。何もない小屋がありますよ。
––––そこでいいや。屋根があるならどこでもいい。
少年たちの姿は、再び暗闇に溶けて消えた。
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