第6話

 特に用事があるわけでもない昼下がり。もちろん大学生という立場上レポートが発生するのだが、締め切りに余裕がある課題に対してやる気が湧かない。実際には三日ほどしかないので、余裕か余裕でないかといえば余裕ではない。

 知我優にとって計画とはアウトドア決行のためにある。天候に左右される自然の脅威、複数人でいく場合のスケジュール、一人でいく場合でも当日荷物に抜けがないかを早々に確認しなければならない。その計画力を一ミリも使おうと思わないのである。

 クッションを枕に寝そべりながら、リモコンでテレビのザッピングを繰り返し、ペット特集にたどり着く。インコのモモちゃんだとか、ロシアンブルーのビビちゃんとかファンシーな名前がつけられたペットたちに妙なアテレコがされている映像が流れ続ける。

 ふと気になり、身体を起こし、後ろで知我が所有するゲーム機を興味深げに遊ぶヴァンパイアたちに声をかけた。

「そういやお前らって名前あるの?」

「ありますよ!」

 短髪のヴァンパイアが答える。続けて、奇妙な言語が聞こえた。言葉というのも違うような。形容がし難い音だ。それに共鳴するように、長髪のヴァンパイアがまた別の、似たような音を発する。

「……あ? 何今の、イルカの超音波?」

「人間には発音できないみたいですね」

 長髪のヴァンパイアは残念そうに肩をすくめて笑った。どうやら、今のが名前だったらしい。

「そうだ。不便なら名前をつけてもいいですよ!」

 長髪のヴァンパイアはぱあっと顔を明るくして、四つん這いで知我へ近寄り顔を寄せた。少し大人びている顔が、幼く見える。やはり身体が大きくても精神年齢は幼いのかもしれない。

「あ、それいい〜」

 短髪のヴァンパイアが甘える猫のように知我の膝に転がる。最近ますます図々しくなった。

「……いや、別に」

 少し考えて、知我はヴァンパイアたちの視線から顔を逸らした。

「またまたあ」

 頭の後ろで手を組み、くつろぐ短髪のヴァンパイアがにまにまと知我を見上げる。ませたクソガキといいたくなるような表情だ。

「つか人間の言葉話せるなら訳せないのかよ」

「おお、なるほど」

 知我の提案に、ヴァンパイアたちは早速互いに発音の確認をするように向かいあい、奇妙な鳴き声を発していた。同種同士の共鳴というか、犬や猫同士が会話をしている様子に似ている。それを横目に、またテレビに視線を移す。

 発音の確認ができたらしく、ヴァンパイアたちは立ち上がり、小学生の発表会のようにいきなり姿勢を正し、咳払いをして知我の視線を向けさせた。

「僕は『マシカ』っぽいです」

 短髪のヴァンパイア——マシカが首を傾げ、よろしくーとマントとともに手を広げた。ぽいですってなんだよ。

「僕は『ヨヴ』です」

 改めて以後よろしくどうぞ、と長髪のヴァンパイア——ヨヴが胸に手を当て、丁寧にお辞儀をした。

「……あ、そう……」

「え、お兄さんは?」

 マシカが当然そうだというように尋ねる。

「俺?」

 知我は虚を突かれて、少し視線を彷徨わせる。確かに名前は教えていない。テレビの方に向き直り、ぽつりと自分の名前を答えた。

 へえ、とヴァンパイアたちは声をあげる。人に名前を告げる機会など、なかなかないもので少し気恥ずかしかった。

「それにしてもどうして名前が気になったんですか?」

 ヨヴが再び四つん這いで近づき、顔を覗きこむ。

「あ、もしかしてえ、僕らのこと好きになってきました?」

 マシカが床に寝そべり、纏わりついてくる。

「んなわけあるか」

 知我は寄ってきたヴァンパイアを手でしっしと追い払う。

「名前があれば退散方法もわかるかなと思っただけだから」

「えっヒドイ!」

「騙しましたね……」

「いや騙してな……噛むな! コラ!」

 非難轟々。口々に告げられるやかましい文句が、テレビの音と紛れていく、騒がしい午後が過ぎていく。

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