第5話
日課のハイキング帰り、知我は首元をタオルで押さえて顔をしかめていた。タオルにはわずかに血が滲む。傷口に汗が入りこみ、少ししみる。
油断していたら外でヴァンパイアに噛まれた。自然の摂理とはいえ、家の奴らの対策に力を割いていたせいか、油断しすぎていた。早く帰って聖水を用意しなければならない。
野生のヴァンパイアは実に狡猾で、気がついたら後ろにいたり、複数に囲まれていたりする。
最近は家のヴァンパイアどもとの攻防で慣れてきたかと思ったが、広いフィールドに出るとそうともいかないようだ。
しかしこうも血が出ていると、奴らは飛びつきかねない。後の攻防を想像すると、すでに疲れる。知我は家に帰るのが憂鬱になった。
家路につき、知我は血が止まったことを確認して、玄関の扉を開いた。
「ただいまー……」
すぐさま飛びついてくるかと身構えていたが、予想とは反して部屋がしんとしていた。
薄気味悪く感じながら部屋に進むと、やや暗がりの隅で四つの赤い光が消防ランプのように不気味に輝いていた。
「うおっ、何……」
驚いて後退り、よくよく目を凝らす。どよんどよんとした空気の中、そこには信じられないという目で、こちらを見ているヴァンパイアたちがいた。
「……ですね」
知我が固まっていると、何やらこそこそと覇気のない声で話している。知我はその場から動かず、首だけ伸ばして耳を傾ける。
ようやく声が聞き取れた。
「血……吸われたんですね……」
短髪のヴァンパイアが、沈んだ顔をして一度目を伏せた。
「僕たち以外に……」
長髪のヴァンパイアが、同胞を慰めるように肩に手を置きながら、自分も失意が含まれた顔をしていた。
「は?」
知我が一瞬唖然とし、顔をしかめる中、ヴァンパイアたちはじっと恨めしそうに知我を見つめている。
「浮気……」
「信じてたのに……」
「ヒドイ……」
二人してすみっこでこそこそ話す少年ヴァンパイアたち。彼らの雰囲気が妙に幼いせいか、罪悪感を煽ってくる。こちらに聞こえるか聞こえないかの嘆きが耳に届く。
「えっ……いや……」
えっ俺が責められるの?
意味がわからなかった。
しかし何故か、いわれもない陰口をされると良心がチクチク刺される。確かにヴァンパイアとはいえ一緒に住んでいるとなると——まで思い至ると、すぐ正気を取り戻した。
「いや勝手に住んでるだけだろうが!」
実家の猫かお前らは。
知我の叫び虚しく、ヴァンパイアどもはカビの如く隅から離れないのだった。
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