第4話

 我慢の限界である。厚い雲が近づき日差しを隠し、部屋に影を落とす。ヴァンパイアたちは机を叩き、向かいに座る家主である知我を大きな瞳で睨みつける。

「このままじゃ飼い殺しです!」

「飢え死にします……」

 ヴァンパイアたちは互いに抱きあいわざとらしく泣き喚き、訴えかけた。

「飼ってるつもりはないが……」

「だいたい食えるものはあるだろ、ここに」

 木皿に乗ったチョコレートと薔薇を指さす。二郎に続きこの出費も馬鹿にならないが、出て行かないので身を守るための手段としてはしょうがない。

「お菓子みたいなものじゃないですか」と長髪のヴァンパイア。

「知らん……」

「お兄さんの血が二郎だとしたらこっちはブタメンですよ」と短髪のヴァンパイア。

「なあ戸棚にあった俺の間食食った?」

「しりません。たべられません」

 よくもそんな例えが出たな。

「だいたい二人分も血を吸われたら俺が死ぬわ」

 いくらヴァンパイアたちが子供(らしい)といっても、身長が可愛くない。短髪の方は自分の顎まであるし、長髪の方はほぼ一緒の身長だ。

「じゃあ人が多い公園に行きましょう」

 短髪のヴァンパイアは名案といわんばかり手を打った。

「人が多いだけ一人あたり吸う量は減りますよ」

 長髪のヴァンパイアも表情を明るくして提案する。

「え? いやそれでいいんだったらお前ら出て……」

 知我の言葉を無視し、ヴァンパイアたちはGO! と玄関を出た。

 近所の公園を訪れると、大勢の子供たちが走り回り、遊具に乗って遊んでいた。その少し離れたベンチや休憩場で、母親や父親が座って談笑しながら見守っている。今日は曇り空だから、日差しもそこまで心配していなそうだ。

 ヴァンパイアたちは目を輝かせて公園を見渡す。知我はその表情を横目で見た。こう見ていると、年相応——それよりも以下——にも思える。実際は何歳なのだろうか。

「おーいそこの子供たち!」

「あ、おい……」

 考えこんでいると、ヴァンパイアたちは、公園の真ん中へ向かって走り出した。はっとして止めようとするが、少年ヴァンパイアたちを止めることができなかった。

 いくら自分が吸われたくないからといって、他の人間が吸われていいというものではない。ましてや年端のいかない少年少女たちが。

 俺はあれの何でもないし、止める理由はないのだが——。

 ヴァンパイアたちは子供たちを追いかけ始めた。逃げる子供たち。歩幅は完全いヴァンパイアたちの方が広く優位だ。知我の上げかけた手が宙を彷徨う。視線を持ち上げると、雲の切れ間からうっすらと光が差しこみ始めていた。

 ヴァンパイアたちが一人の少年にもうすぐ追いつくかというところだった。瞬間、雲が開いた。気持ちのいい青空が広がり、公園は一面陽だまりに包まれた。

「ンギャワ!」

 ヴァンパイアたちは急に足がもつれたように鈍足になり、子供はヴァンパイアの手をすり抜けて逃げた。知我が眉間に皺を寄せ目を細めて表情を見ると、楽しげだった。どうやら遊んでもらっていると思っているのだろう。

 知我は空を見上げた。どうやら、日差しのせいで力が弱まったらしい。死にはしないんだ……。

「血、血を……」

 ヴァンパイアたちはゼエハアと息を吐きながら、めげずに立ち上がる。背を折り曲げていて亀並みの歩行速度だと干からび寸前のゾンビに見える。

 追いかけられていた子供はケラケラと笑っていたが、両親の視線に気がついた。母親は何かを引っ張る動作をしていて、父親は端末を耳に当てながら子供の方へ走ってきていた。

 子供はキョトンとしていたが、母親に応えるように、ポケットに入っていた防犯ブザーを取り出し引っ張った。

 そして高らかに響く防犯ブザー。ヴァンパイアたちは通報された。それはそうだろ。

 パトカーに乗せられる二人のヴァンパイアの情けなく縮んだ背中を知我は微笑み見送った。

 晴れやかな子供の声が響く、爽やかな青空が清々しさに、知我は久々に歯を見せて笑った。

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