第2話 宇宙で一番鈍感な男


 しかし”一寸の虫にも五分の魂”と言うではないか。


 失敗すれば人類みんな死ぬのなら、せめて最後ぐらいは土の上で死にたいとか、家族と一緒にとか、二級市民だってそのぐらいの感情は持ち合わせている……はずなんだけど。


「ふでもさぁ、ガッコ休みひはんはらはぁ、よぐない?」


「お前はまずそれを食え、食ってからしゃべれ!」


 そう怒る佐藤一郎の前で本日五個目の大福をほおばっているのは、幼なじみのタカヒロ。


 一度見たら絶対忘れない特徴的な肥満体に、やたらと膨らんだ頬っぺたとピンクのフレームの丸眼鏡が、見た者の夢に毎晩出てきては睡眠を妨害する、不思議なフォースを持つ男である。


 ちなみにイブーシギンは日本語かロシア語か分からない名前ながら、日本が管理しているため日本食が豊富だ。肉じゃがときんぴらゴボウが意外と美味。

 

「んが……んん。ふう。だぁって、小惑星なんてさぁ、高校生じゃどうにもできないんだしぃ。あ、お茶くれ」


 この緊急時にあっても人の感情を逆なでするマイペースな物言いのタカヒロ、さすが人呼んで”地上最強の男”である。


 タカヒロは幼馴染である佐藤一郎がかいがいしく差し出したお茶を受け取って続けた。


「どぅあってさ~、ドカーンってなるんでしょ~う? 小惑星がさぁ。それって花火みたいなもんじゃないかぬぁ~。すぅえっかくこんな特等席にいるんだからぁ、楽しんだほうがいいんじゃないかぬぁ~って、思うんだよぬぇ~。うん、この大福マジ美味いわ、持って帰ろ~かぬぁ~ボク」


 だから、このままだとそれを持って帰れないかもしれんのだよ……。


 しかしタカヒロの福々しい顔で言われると、現在の危機的状況が全然大したことないような気がしてくるから不思議だ。一郎は言った。


「いや、もし失敗したら、俺たちここで終わりなんだぜ? 最後ぐらい生まれた町で過ごしたいとか、かーちゃんに会いたいとか、お前、少しも思わねぇの?」


 一郎に淹れさせたお茶を一口で飲み干して、タカヒロは答えた。


「思わないなぁ~、こっちのほうがなんか体が軽いしぃ~」


 そりゃ宇宙だからな!


 いや、普通ならステーションの中は地上と同じ重力に調整されているはずだ。なのになんとなく人工重力が弱く感じるのは、実はアダニョンの校長が宿泊料を値切ったせいだという事を一郎たちは知らない。


 しかし一郎も一郎である、タカヒロに何を訊いても、ろくな答えが返ってこない事ぐらい分かっているだろうに。


 なにせタカヒロの唯一にして最大の長所は、あらゆる事に対して鈍感な所なのだから。


 小学生の頃は好きな女の子に毛虫並みに嫌われている事に、六年間気づかなかったし、中学の頃に足の小指を折った時は、指が明後日の方向を向いている事に一郎が気づくまで、本人はまったく気づいていなかった。(ちなみにタカヒロの親も気づいていなかった……)


 とにかくあらゆることに鈍いおかげで、どんな悪口を言われてもまったくダメージを受けない。


 これこそ彼がクラスメイトたちから”地上最強”と言われる所以ゆえんなのだ。

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