第3話 決意と涙

 先ほどの沈黙以上の静けさが漂った。この者は……フィリアとやらは何を言っているんだ?


「ちょっと! 何とか言ってよ!! デウスが心配だから一緒にここを出てついて行ってあげるっていってるのっ!」


 フィリアは真剣な眼差しでこちらを見ている。その瞳はまるで心を透かしているかのように綺麗であった。嘘ではない。これは本気で言っているのだろう。


「良いのか? ここを出たところで行くあても無ければ生きるか死ぬかもわからないんだぞ?」

「いいのよ。毎日毎日お兄ちゃんたちにやられているデウスを見ていて……それでも何も出来ない自分が悔しかったの。でもここを出ていくなら、私も何も気にせずあなたを守ってあげられるわ! これでも私、けっこう魔法は得意なのよ!」


 そうだ。デウスの記憶の中でも、地獄の日々のなかでフィリアだけはずっと味方だった。こんなにも心優しい子は他にいないだろう。それはこの身体に投げ込まれた私にとっても、である。


「ありがとう。フィリアに守ってもらわなくても良いくらい強い男になって、僕もフィリアを守れるようになるから。だから頼む……一緒に来てくれ。」


 ……前世でも、デウスの記憶でもここまで自分に優しい言葉をかけてくれた人はいない。不安な私の心を分かっているかのような彼女の言動に、重なる私とデウスの心が揺さぶられた。嗚咽を漏らしながら、苦しくさえなりながら泣いてしまう。そんなデウスをフィリアは優しく抱きしめる。


「今まで辛かったのによく耐えたわね。デウスはいい子だね……」


 人前で、それもこんな少女の前で泣いてしまうのは私が少年の身体に憑依転生したからだろうか。精神的にも10歳の子どもになってしまったのかと不思議に思うくらいに小さな彼女に身を任せた。彼女は私が落ち着くまでずっとそばで私の頭を撫でてくれた。本当に優しい子だ。



 フィリアと話し合い、出ていくのは今日の夜中の日付をまたぐ頃にした。



 午前0時。

 集合場所で待っているとフィリアが忍び足でやってきた。


「お待たせ! 急いで出よう!」

「……最後に聞くけど、ほんとに僕に付いてきていいの?」

「まだそんなこと言ってるの? 私がいいって言ってるんだからいいのよ! 早く出ましょ!」


 フィリアが急かしてくる。それもそうだ、家の者を連れて家出しようとしているのだから。


 ……屋敷のドアを開けようとした、その時だった。


「おやおやー? くそデウス、こんな時間にフィリアとどこに出かけるんだー??」

「兄ちゃん、こいつら逢い引きでもしようとしてんじゃねぇの?」

「なわけねぇだろ! デウスだぞ? 誰が好き好んでこのゴミと逢い引きするんだよ。なぁ、フィリア? くすくす…」

(なぜだ。どうしてここにウーヌルとデュオがいる?)


 最悪のタイミングだった。この状況ではどう言い訳しても通じる気がしない。……無意識に震える手は、デウスという少年の心が怯えているということだろうか。


「なぁフィリア! こいつと遊ぶくらいなら俺らと部屋で遊ぼうぜ!」


 デュオの手がずっとフィリアに伸びる。フィリアは恐怖からか固まってしまっている。


「フィリアに触るな!!!」


 私は思わずそう言い放った。この世界にきて唯一の味方であるフィリア。彼女を守らなければと、そう思って反射的に出てきた言葉だった。その時、私の……デウスの身体から白いもやもやが吹き出した。

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