第2話 生きるためには

 ……身体中が痛い。動かない。転生したこの身体でもあの力は使えるだろうか?

 私は兄たちが去っていくのを見届け、周りを見渡して近くに誰もいないことを確認した。そして……


「私の身体よ。痛みを消し去り正常に戻せ」


 もやっとした白い煙のようなものが見えた気がしたが……みるみるうちに痛みがひいていく。間違いない。この身体でも私の前世の権能である言霊の力は使えるようだ。しかし、痛みはひいたがどっと疲れがきた。


(まぁ子どもの身体だから疲れやすいのだろう)

 私はそう理解することにした。


 痛みが無くなった。兄たちもいなくなった。気温が低く、窓の外には雪がちらついている。そんな状態で水びたしなのはちょっと寒いが、とりあえず流れてきた記憶を頼りに状況を整理することにした。




 ここはトリスタン王国の辺境、リーグレット地区を領地とするリーグレット辺境伯の屋敷である。このリーグレット地区と国境線を接しているのが隣国のフレア帝国だ。


 トリスタン王国とフレア帝国は現在一触即発の状態であり、国境沿いの地区を任されているデウスの父ガイズは子育てを放棄し仕事に奔走している。おかげで長男のウーヌルと次男のデュオが末っ子のデウスを虐めていても気づきすらしない。そしてどうやらこの世界に日ノ本の国は存在しないようだ。





「ちょっと! デウス大丈夫!?」


 黒髪で黒目のツインテールの女の子がこちらに駆け寄ってくる。この子は2歳年上のフィリア。父の側近の娘でデウスの唯一の味方である存在だ。日ノ本の国の女と同じような容姿をしている彼女を、私は少し身近に感じた。


「またお兄ちゃんたちにやられたの? かわいそうに……なにもしてあげられなくてごめんね」

「んーん、いいんだフィリア。気にかけてくれるだけで嬉しいよ」

「でもこのままじゃいつかデウスが死んじゃうよ! 今日なんてせっかくのデウスの10歳のお誕生日なのにっ!!」


(いや、恐らく本物のデウスは死んでしまっているのだが……)


 私は言葉を飲み込んだ。彼女にそんなことを言ってどうする。それに、中身が変わったと知ったら……私は少年を殺して乗り移った霊だとかなんとか言われて殺されてしまうかもしれない。

 ……そう考えると彼女には、いや、誰であっても私がデウスという少年ではないことを悟られてはならないと、そう思ったのだ。



「そうだよね。だから私……僕はここを出ていってひっそりと暮らそうと思うんだ。もうここには居たくない。生きるためにはここから離れなくちゃ……ここには僕の居場所は無いんだ」


 スラスラと言葉が出てきた。デウス本人の気持ちが出てきたのだろう。


「そんなの無理よ! デウスが1人で生きていけるわけないじゃない! 外には魔物だっているのよ!!」


 ……魔物とはなんだ? 鬼や河童の類のものか? ……そんなものがいるわけがない。もし神話の世界で存在していたとしても、神々が私たちを守ってくださるために対処してくださっているはずだから。


「言っただろ。僕には居場所が無い。つまり味方がいない。どうしたって1人なんだ。だから僕はひとりで行くよ」


 しばらくの沈黙が流れる。静かな空間に私が寒さから震えて歯を鳴らしている音だけが響く。そして……


「わかったわ! じゃあ私がついて行ってあげる!!」


 フィリアという彼女は、私が思いもしない言葉を口にしたのだった。

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