屋上→男子2人



「……で? 今日も嫁のケツに敷かれつつも、愛妻弁当を食べてるってわけだ」


「嫁じゃない。恋人ですらない。僕と彼女はただの幼馴染だって、何度も言ってるだろう?」


「そう思ってんのはお前だけだって、俺も何度も言ってるだろ? 周りの奴らからすれば、お前らはお似合いの恋人同士にしか見えねえよ」


 その日の昼休み、学校の屋上で親友の虎藤燈とらふじ あかりと昼食を取る蒼は、彼と何度目かわからないやり取りをしながらやよいから貰った弁当をパクついていた。

 見た目は怖いが気さくで面倒見もよく、後輩からも慕われている燈の指摘に顔を顰める蒼に対して、彼は食べ終えた自分の弁当を片付けながら言う。


「いいじゃねえかよ、別に。告白してないってだけで、実質付き合ってるようなもんじゃねえか。あいつになにか不満でもあるのか?」


「不満なんて、そんなものはないよ。彼女の奔放さには苦労させられてるけど、僕のことを色々と気遣ってくれるありがたい存在さ」


「なら万々歳じゃあねえか! 今すぐにでも告白して、名実ともにカップルになってこいよ。やよいだって、喜ぶと思うぜ」


「君はまたそうやって面白半分に適当なことを言って……!」


 燈と比べて箸が進んでいない蒼がぼやきながら、彼の言動に苦言を呈する。

 しかし、燈の方は苦笑めいた笑みを浮かべながらも、やや真面目な雰囲気でこう言葉を続けた。


「一から十まで冗談でこんなこと言ってんじゃねえよ。お前が今の立場に胡坐掻いてんじゃねえかと思って、指摘してやってんだ」


「胡坐を掻くだなんて、そんなこと――」


「あのなあ、ちょっと真面目に考えてみろ? 可愛くて、無邪気で、スタイル抜群で、おまけに料理まで出来るやよいが、モテないと思うか? お前の目から見て、あいつはそんなに魅力のない女に見えるのかよ?」


「……見えるわけないだろ。彼女は、とても魅力的な女の子だ」


 だろうよ、と視線で語った燈が溜息を吐きながら屋上の金網に背を預ける。

 手間のかかる親友の煮え切らない態度に呆れと苛立ちが半々の感情を抱く彼は、やよいとの距離が近過ぎるが故に蒼が見落としている事実を彼へと突き付けてやった。


「実際やよいは可愛いし、何度も告白されてる。それはまあ予想の範疇だが……そういう奴らの中には、下心丸出しの奴らもいるわけだ」


「下心丸出しって、どういうことだい? 女の子に告白するんだから、そりゃあ下心の1つや2つくらいはあって然るべきだろう?」


、っていえばわかるか? 1発ヤらせてもらえるかもしれない女だって、そう思われてるってことだよ」


「ぶっっ!? ぐっ、ごほっ……!!」


 あまりにも直接的な燈の表現を耳にした蒼が大いにむせ返る。

 どんどんと胸を叩き、どうにかして狂った呼吸を落ち着かせようと慌てる彼の姿に今度こそ本物の苦笑を浮かべた燈は、親友へとこう続けた。


「言いたくないけどな、やよいがそんな女だって思われてる理由はお前にあるんだぜ? でもお前、その自覚ないだろ?」


「ど、どういうこと?」


「はぁ~……よく聞けよ? ここに天真爛漫な性格をした、可愛い女の子がいます。その女の子は誰にでもフレンドリーに接する上に、特定の人物に限りますがボディタッチも平然とする子です。おまけに体は小さい癖に胸と尻は大きい、所謂ロリ巨乳というやつで、男子高校生からすれば実に美味しそうに見える女の子でした」


「お、美味しそうって、そういう表現はどうかと思うけど……」


「いいから聞けって。……前述の通り、その子は自分の体の凶悪さを理解してるのかしてないのかはわかりませんが、男子とも平然にボディタッチをします。しかも聞けば恋人でもない男の家に上がり込み、長々と時間を過ごすこともあるそうです。さて、ここで問題だ。その女の子のことをよく知らない他校の人間がこの話を聞いたら、どう考えると思う?」


「………」


 燈の言いたいことは蒼にも理解出来た。

 要するに、蒼が煮え切らない態度を取り続け、やよいはただの幼馴染だと言い続けているせいで、彼女がだと思われているということだ。


 無論、朝からヒップアタックをお見舞いしてきたり、自らの体を武器に蒼をからかったりするやよいにも責任があるといえばそうなのだろう。

 だがしかし、彼女がそういった行動を取るのは幼馴染である蒼だけで、誰にでもフレンドリーである彼女でも、燈のような信頼の出来る男子くらいにしかボディタッチはしない。


 彼女と同じ学校に通い、普段の彼女や蒼とのやり取りを目にしている生徒たちならば、そういったやよいの性格は把握出来ているだろう。

 だがしかし、誰とでもあけすけに接する抜群のロリ巨乳美少女がいるという、独り歩きした噂を耳にした他の学校の生徒や、同じ学校の上級生、下級生なんかの中には、やよいを気軽に女だと考えてしまう者もいるということだ。


「実際、少し前にやよいは被害に遭ってたみたいだからな。C組の竹元っているだろ? あいつ、やよいのことを何度かナンパしてたみたいだぞ。それとA組の黒岩なんかもしつこく言い寄ってたみたいだし、あいつらやよい相手にワンチャン狙ってんじゃねえかって噂になってたぜ」


「そ、そうなの? 僕、そんな話聞いたことなかったんだけど……」


「俺も栞桜に聞いて初めて知ったからな。まあ、やよいも一切相手にしなかったみたいだし、もうそいつらも諦めたみたいだけどよ……お前がそんな態度のまんまだと、あいつは背負わなくていい苦労をこれからも背負い続けることになるんだってことだけは理解しとけよ?」


「………」


 やよいが尻軽だと思われている理由は、彼女と最も近しい位置にいて、彼女に世話を焼かれ続けている自分にある……そんな燈の指摘を受けた蒼は、空っぽになった弁当箱を見つめながら押し黙ってしまった。


 確かにその通りだ。自分は(色んな意味で)やよいのお尻が軽くないことは知っているが、彼女のことをよく知らない人間からすれば、やよいは彼氏もいないのに男子との距離が近い、奔放が過ぎる女子だと思われてしまっても仕方がない。

 男の家に上がり込むだとか、育った胸や尻をこれでもかと見せびらかしているだとか、そういう真実から一部分だけを切り取った噂だけが独り歩きした結果、彼女に言い寄る男がいるとしたならば、それはそういったやよいの言動を拒み切れない自分の責任だと、蒼は思う。


 自分がやよいと思い切り距離を取るか、あるいはその真逆の対応をしない限り、彼女のことを誤解したままワンチャンを狙う男はこれからも現れ続ける。

 そして、その中にはやよいに対して強引な手を使う者もいるかもしれないと考えて顔を青くする蒼に対して、少しだけ申し訳なさそうな顔をした燈が言った。


「大事にするっていうことが、イコールして手を出さないってことに繋がるわけじゃあねえからな? むしろ、大事に想うからこそそういう関係になる必要もあるんじゃねえの?」


「……うん、そう、かもね……」


 恋愛において最も楽しい時期は、男女がくっつくかくっつかないかの絶妙な関係性を構築している時だという意見がある。

 その意見に従えば、蒼とやよいの10年以上続く幼馴染という関係は、非常に心地良く楽しいものだといえるだろう。


 恋人としてお互いを束縛する必要もない。ただ、周囲はそのような関係として見てくれて、ある程度の配慮もしてくれる。

 だが、しかし……そろそろそういった特権の効力が切れる時が、訪れようとしているのかもしれない。


 いや、もうとっくにその時は来ていたのだろう。ただそれを蒼が認めたくなかっただけだ。

 少なくとも、やよいはかなり直接的にアピールを繰り返してくれている。それを拒むでも、受け入れるでもなく、ただの幼馴染という関係性を維持しようとしていたのは他ならぬ蒼自身だ。


「お前の気持ちはわかってるよ。だからこそ、手遅れになる前に動いとけ。高校2年生なんて、一番恋愛が楽しい時期なんだろうしさ」


「……ああ」


 燈からの言葉に気の抜けた返事をする蒼であったが、珍しくその心の中には焦りの感情が渦巻いている。

 モヤモヤとした気分と、やよいのことを想うのならば果たすべき責任があるのではないかという想いを入り混じらせる彼は、手にした可愛らしいお弁当箱を見つめ続けながら考えを深めていくのであった。

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