彼女の悩み事

 彼女が引越してすぐに帰ってきた日から1週間ぐらい経った。もはやお泊まりレベルの事件だったなと思いながら今まで通りの彼女との生活をしていた。

「寧々〜、起きてる?」リビングから彼女の声がした。彼女はいつも私より少し早く起きて白湯を飲みながらスマホをいじっているのだ。

「おはよ〜。」ベッドから体を引きるようにしてリビングへ出た。私は今日も彼女の姿を見る事ができてとても嬉しく思った。

「おはよー」彼女の隣へ行き、私もマグカップに白湯を注いで飲む。彼女は私とは違う大学に通っている。だから大学での彼女のことはよく知らない。でも、彼女は波長の合う人なら仲良くなれるからきっと彼女みたいな明るい友達が多いんだろうなと思っている。私はマグカップを洗ってから顔を洗った。そして保湿剤を塗ってから服を選ぶ。服を選んでいる間に肌が整うのを待っているからだ。服は自分を表す。自分がどんな人間なのか、すれ違う見ず知らずの人にも伝わってしまう。私は着飾る事が好きだ。そして優柔不断なので毎朝、服選びにかなりの時間を要する。私は色んな服の系統を着るので、単純に選択肢が多いせいもあるけど。その辺彼女とは正反対で、彼女は割と素早い。彼女は基本的にいつも流行の服を身にまとっている。顔も素がいいからか、基本的にナチュラルメイクで時間もそうかからない。私は迷いあぐねた末に空色のワイドジーンズとグレーのTシャツにマスタード色の半袖ワイシャツを着ることにした。着替えてから、日焼け止めやファンデーション、パウダーファンデを塗って、オレンジ色のアイシャドウをかさねて塗る。まぶたの中央部分には濃い色を塗らず、ラメのみのシャドウを塗る。涙袋にも同様にラメを乗せる。ダークブラウンのアイラインを引き、ビューラーでまつ毛をあげてからブラウンのマスカラで束にならないように塗っていく。涙袋の下と鼻、唇の下、頬の下に影を入れていく。目頭、鼻の頭、頬骨にハイライトをおく。光と影というものは、メイクに説得力を持たせる。人もそうだ。最後にアップルブラウンのティントを唇の内側に塗り、んまっと音をたててじわっとした唇にする。リビングに戻ると、夏らしいグレーのシースルーワンピースを纏った彼女がいた。彼女が時計を見て

「お、今日はオレンジメイクか!可愛いよ、寧々。」

「ありがとー」ほぼ毎日のように可愛いって言われているのに、いまだに照れてしまう。

「じゃあそろそろ行こっか。」

「ん。」靴を履いて彼女が鍵を閉める。大学は違うけれど路線は一緒なので同じ電車に乗っていく。私の方が4駅くらい遠いけれど。この間は寂しくて仕方なかった駅までの道を彼女と歩く。それだけで満たされてしまう私なのだ。佐田さだ 雪乃ゆきのという名前の通りに 、雪のように白い彼女の肌が夏の日差しに照らされて、美しかった。


基本的に2人きりだと、発話の相手は1人しかいないので、私はあまり名前を呼ばない。彼女は寧々という響きが可愛いからと、私の名前を呼ぶことが多いけど。彼女の香水の匂いがする。甘ったるい匂いだ。

「今日の晩ご飯何作るの?」

「昨日豆腐たくさん買ったから麻婆豆腐でも作ろうかな。」

「やった〜!楽しみ!」彼女の手料理は美味しい。これで胃袋を掴まれた人間はたくさんいるだろう。

駅の改札を抜けて、いつもの電車に乗る。スマホをいじっていると、彼女が降りる駅に着く。

「じゃあね。」はぁという彼女のため息が聞こえた。何かあったのかな。

「いってらっしゃい。」そして入れ替わりに私の大学の友人が乗ってくる。

「おはよー」加藤 陽菜ひなだ。明るく快活な子で、同じ学部。音楽の趣味が近いのでお互いに好きな曲を勧めて聴いている。グレーに近い色のジーンズにタイトなミントグリーンのTシャツを着ている。

「おはよ!昨日のテノンの新曲聴いた?」テノンというのは、私が薦めたら陽菜も好きになったバンドだ。

「聴いたよ!めっちゃよかった!!メロディーもよかったけど、歌詞がもうめっちゃ刺さるよね〜」

「うん!ほんとそれな!私うわぁぁ〜って叫んでるとこの声めっちゃ好きすぎて何回も聴いた〜!」自分の好きなものの素晴らしさを語れるのって本当に楽しいなと思っていながら話していると、大学の最寄駅に着いた。徒歩5分で大学に着く。途中で優里ゆうり瑞希みずきに会い、いつもの4人で講義室へ行く。

始まってしまえばすぐに終わってしまう。ぼーっとしていても、一生懸命講義を聞いていても授業は終わる。今日の2コマ受け終わった。大学の最寄駅から2駅戻った駅ナカのアパレルショップに働きに行く。大学の最寄駅にしなかったのは同じ大学の学生に接客するのはなんか気まずかったからだ。ここのアパレルショップで働いているため、私服の半分近くはここの服だ。いつものようにバイトを終えると、真っ直ぐに家に帰る。また2駅乗る。テノンの新曲を聴きながら家まで歩く。鍵を開けると、食欲をそそる麻婆豆腐の匂いがした。

「ただいまー!」

「おかえり。」いつもより元気のない声が帰ってきた。床にへたりと座り込んだ彼女は暗い表情をしていた。

「どうしたの?何かあった?」やはり何かあったんだな。

「実はね、その、奈々って子と大学で一緒にいるんだけど……奈々は誰とでも仲良くなれちゃうから、私他の子との会話に上手く入れなくて独りになっちゃうのが辛くて……。」

「そっか……。それは辛いね。」

「うん。高校の時は寧々と私だけって感じだったじゃん?」

「うん、確かに。」私と雪乃だけという自覚がちゃんとあった事に驚き、衝撃を受けた。彼女が高校の時は私なんかよりもずっと仲の良さそうな友達が何人もいた。私にも仲の良い友達がたくさんいたけど、私の中では彼女と他の友達は全くの別物だった。天と地ほどの差があった。でもそんな風に彼女の事を思っているのを、一度も言わなかった。それは彼女の中で私は、その他大勢の友人と何一つ変わらないと思っていたからだった。でも違った。彼女も私との、太い強い繋がりを感じていてくれたのだ。私は特別だったんだ。彼女が落ち込んでいる傍らで、私は込み上げてくる喜びを必死に抑えていた。


「まぁそれは今も変わらないんだけどね?」それはそうだ。むしろ今の方が私と彼女しかいないのだ。高校生の時は精神面のみ、2人きりだったが、今はこの部屋には2人しかいないのだ。より深化した2人きり、と言える。

「そうだね。でも、雪乃は友達作るの得意じゃない?高校の時もたくさん友達いたじゃん?」

「そんなことないよ。人見知りだから、全然。」

「じゃあもしまた寂しくて辛くなったら電話してよ。大学にいても出来るだけ出るから。」

「ありがと。」きっとこんな言葉じゃ救えないのだろう。でもどうしたら彼女を救えるのか分からない。同じ大学に行くことはできないし、彼女は1対1でしか友達と上手くいかないのだ。新しく1対1の友達が作れればいいんだろうけどなぁ。私が同じ大学に行ってたら、絶対彼女のそばから離れないし、寂しい思いなんてさせないのに。もどかしい。


「麻婆豆腐作ってくれてありがとね。」

「うん。」

「ご飯食べよ?」

「うん。」彼女の作った麻婆豆腐は美味しかった。絶妙な辛さがやみつきだった。でも彼女の顔は暗いままだった。

「お風呂先入っていいよ。」そう言って彼女を先にした。その間に私はメイクを落とした。多分彼女の行動の根底にあるのは寂しさなんだろうな。独りにしないで、寂しい、そばにいてほしい、そんな声が聞こえてくるようだ。私は独りでいることも多い。別に必要がなければ群れていようとは思わない。彼女は別だけど。群れることが安心を与えてくれるのはわかるけど、群れることによって、その群れの色に染められてしまうのが嫌だ。私はそう思っている。でも彼女は違う。寂しくて、誰かといないと不安だから彼氏と別れてはまた新しい彼氏を作る。今はちょうど体裁のために彼氏をつくっていないのだ。


彼女がお風呂から出てきて、私がお風呂に入る。どうしたら彼女の憂いをはらえるんだろう。どうして私じゃいけないんだろう。ゆるゆる首を振る。そうじゃないそうじゃない。私じゃいけない理由は出来るだけ考えないようにしている。考え始めたら止まらないし、答えが自分の中にあるわけでもない。お風呂を出て軽くスキンケアをしてから髪を乾かす。そして髪を乾かし終えてからしっかりスキンケアをする。彼女は歯を磨きながらスマホをいじっていた。私も歯を磨きながら考える。彼女をなんとか元気づけるにはどうすべきなのか。考え事をする時は独りになりたいから

「おやすみ。」と彼女に言ってリビングを出ようとした。すると彼女が

「あ、ねぇ、今日寧々と一緒に寝てもいい?」と言ってきた。そうだった。彼女が彼氏と別れると、次の彼氏ができるまでの期間は私に甘えてくるのだった。お互いシングルベッドなのに。

「ん、いいよ。」今だけしか彼女はこんな風に甘えてくれない。やっぱり数多の彼氏達と自分では違うのだなと思う。数多の彼氏達はずっとこんな風に彼女に甘えてもらえるんだから。2人で私のベットに向かい合って入る。狭いのに暖かくて心地いい。今だけ、今だけは彼女は私のだけの物。

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