彼女と私の共依存暮らし
時任 花歩
引っ越し
1LDKの狭い部屋で2人、肩を寄せ合って生きている。お互い相手に寄っ掛かってできた2人の間の力だけで生きている。いわば背中合わせに座ってから互いに背中に体重をかけて立ち上がるようなものだ。決して1人では生きていけない。お互いにそれを自覚していて2人だけの世界で必死に生きている。私だって友人がいないわけじゃない。大学へ行けばたくさんの友人と少しの親しい友人がいる。でも、それでもここまで深く入り込んでいる友人は彼女しかいない。どちらかが欠ければもう一方は倒れる。
ある日彼女が突然、彼氏と同棲するから家を出ると言い出した。私は狼狽した。彼女に彼氏がいることは以前から知ってはいたけれど、まさか私の代わりになろうとするとは思わなかった。そして1週間後に彼女は荷物をまとめて出て行った。日曜日のよく晴れた青空が痛いほど眩しい日だった。彼女を見送った後にひとり、部屋に帰った。独りきりになって広くなった部屋。暗いキッチン。何もない部屋の角。彼女の新しい生活を口先では祝いながらも、心中では全く祝っていなかった。引越しパーティーと称して最後にこの部屋で2人、呑んで話した。彼女は中学生から飲酒していた癖に私より酒に弱くてすぐに顔が赤くなる。私は酒は普通ぐらいだけれど、自分の限界をわかっているからいつもは深酒もしない。でも、その日はかなりの量を呑んだ。かなり酔いが回って、急に悲しくなってぽろぽろ泣き出した事は覚えている。それを見た彼女はどうしたの、といつもの面倒見のよさを発揮して、私はきっと寂しいとかなんとか彼女を引き留めるような事を言ってしまったんだと思う。次の日、彼女はなんだか申し訳なさそうにしていたし、この先3ヶ月分の家賃を渡して、「元々家賃が半分になるから一緒に住んでもらったのに申し訳ないから。」と言った。そんな風に思っているなら、と思ったけれど何も言えず、大人しくもらっておいた。彼女が置いていった家賃3ヶ月分はまだローテーブルの端にいる。ローテーブルで夜ご飯を食べようとしたら、引越しパーティーの事を思い出して辛くなったので仕方なくベランダに足を投げ出して、床に座ってコンビニのお弁当を食べた。料理も多少はできるけれど、面倒だった。月がかなり明るくて、部屋の電気をつけなくてもベランダで食べられた。その後は歯だけ磨いて寝た。
次の日、一度8時ごろに起きたけれど、月曜日は大学の講義がない日だったから二度寝して昼過ぎに起きた。おはよーと言いながらリビングに入ると、誰もいなかった。いつもなら私と同じように月曜日に講義を入れていない彼女が先に起きているはずだった。そういえば、昨日引越したんだっけと独り言を呟いた。その独り言も寂しい部屋の角に消えていった。スマホには彼女からのLINEが来ていた。!や❤️が沢山ついていて、文字を見なくても幸せそうなのが分かった。顔を洗おうと洗面台に行けば、毎朝彼女とヘアアイロンのコンセント競争をしていた記憶が蘇り、水でも飲もうと食器棚を開けると、2人で旅行に行った時にお揃いで買ったマグカップが一つだけポツンと残されていたり、トイレですら彼女に早く出て〜と言っていたりした記憶が蘇った。部屋中どこへいっても彼女がいて、その度に私は彼女を思い出した。なんか……逃げ場がないな。ずっと独りなのに、ずっと独りになれない。私はキャップをかぶってくすみピンクのオーバーサイズワンピースを着て外へ出ることにした。マンションの外はひどく眩しくて、目がチカチカして
彼女は……寂しくなかったんだろうか。あなたなくしては生きられないと思っていたのは私だけだったんだろうか。それとも新しい彼氏は私よりも深いところで彼女とわかり合い、支え合っているのだろうか。私は、私は彼女に支えられてやっとのことで毎日を生きていたのに。同じ様な暗い世界で2人、肩を寄せ合って生きてきたはずなのに。彼女にとって私は、重荷だったんだろうか。私を救った数々の彼女の言葉は全て虚言だったのだろうか。嫌、そんなの信じたくない。でも、気が付いてしまった。彼女をがんじがらめにしたのは私だったんだ。彼女の優しさを利用して、救ってもらおうと思ったのは、私だったんだ。ずっと気がつかない様に目を逸らし続けてきた事実を認めてしまった。なんだか疲れてしまったので来た道を引き返すことにした。
ちょっと駅の辺りまで来た時、スマホが震えた。彼女からの着信だった。恐る恐る出ると、彼女は「ねぇ、またそっちに引越してもいいかな?」と言った。私の頭には疑問符が浮かび、引越したの一カ月ぐらい前だったっけと記憶を確認した。いや、一カ月くらい前から半同棲みたいになっていたけれど、完全に引越したのは昨日のはず。でも彼女が帰ってくる分には全く問題はない。「いいけど、どうしたの?引越したの昨日だよね?」と言った。彼女は「ほんと?!よかった〜実はもう駅に着いてるんだよね〜。」と言ったので私は振り返って駅の出口を見た。するとスーツケースの上にボストンバッグをのせた彼女が私を見て手を振っていた。私は呆気に取られてなんの反応もとれなかった。その間に私の元まで来た彼女がいつものように「ただいま。」と笑いながら言ったのがおかしくて、笑いながら「おかえり。」と答えたのだった。
家に帰って彼女の話を聞くと、彼氏にどうやら浮気されていたらしい。とはいえ同棲するぐらいだから彼女が本命ではあったものの、やっぱり許せなかったと言っていた。まぁ私にとってはそんな事はどうでもよかった。彼女の男運が悪くてよかった。彼女が再びここに帰ってきた事がとにかく嬉しかった。それが彼女も私無しでは生きられない事の証明だと強く信じた。そう信じることにした。私は、彼女の元彼氏に対する優越感でいつもより杯が進んだ。彼女が顔は良かったのにな〜クズだったな〜と管を巻いていた。そしてやっぱあなたが1番だわ、と言ったのを心の底で嬉しく思いながら、次だよ次と励ましたのだった。
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