第1章 1.枯人(こびと)
母に言われて水を汲みに外へ出た。
重い石の桶を持って水汲み場に向かう。
限界まで薄く削られて赤子のようにつるりと滑らかな石桶は、一番軽いものだと言われてもやはり重かった。さらにこれに水を入れて階段を登るのは嫌だった。
だからと言って母のように料理ができるわけでもなく、父のように木を加工して家族を養えるわけでもないのでランバーはしぶしぶ水を汲みに行く。
家の階段を降りて、神樹の葉の木漏れ日があたっている菜園を通り過ぎる。
木の根が絡み合ってできた塀の一部をこじ開けてつくった丸い穴を抜ける手前で、ランバーは左に座る枯人を見た。枯人は木の根が飛び出したところに腰掛けるように居着き、根を下ろしていた。
母によるとこの枯人がランバーを連れてきたのだと言う。そしてここを終生の場に選んだのだ。
枯人は不思議なもので、その存在ははっきりと解明されていない。ほとんどの人が神樹の使いだと思っているが、それが真実なのかは不明だった。
分かっているのは、枯人は赤子を連れてくること。死期の近い者を連れて行ってしまうこと。終生の場で根付きそのまま神樹の根と同化していくこと。
そしてごく稀に自分が連れてきた赤子が成人になるときに『誉』を落としていくことぐらいだった。
誉は、祭祀に使う杖だったり、植物の種だったり様々である。でもなぜ落としていくのか不明だった。
とにかく、枯人は危害を加えられるでもなく不幸を運んでくるわけでもないので人々からは神樹の使いとして有り難がられているのだった。
じっと見すぎたのか、枯人が少し動いた。
長い丸太のような胴体に折れそうな細い手足がついている。目や口はない。
だが、枯人がこっちを見たのが分かった。
枯れた皮膚が、チッチッと音を立ててひび割れた。そこから木屑がポロポロと落ちていく。
「いいよ、ついてこなくて。水、汲みにいくだけだから」
枯人の身体から、さらに木屑が落ちたのを見てランバーは穴をくぐって水汲み場へ向かった。
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