第59話

「た、ただいまー」

 僕は声が引き攣りそうになるのを必死に堪えて、そっと言葉を投げ入れる。

 いや、確実に声は引き攣っていた。

 絶対に声が引き攣っていたと思う。

 引き攣っていないはずがない。

 春来なんかは声を発さずに僕の後ろにずっと隠れている。

 隠れるなよ、僕を盾にするなよ。

「おかえりなさい」

「「ひっ」」

 出迎えてくれた三人を見て僕と春来は小さく悲鳴を上げる。

「さぁ早く入りなさい?話があるのでしょう?」

 中心に立っているが僕を威圧するように告げる。

 え?怖すぎんか?

 うちのお嬢様怖すぎんか?

 なんで僕は話があるとか言っちゃったんだ?帰りたい……。ここが僕の家だけど。「う、うん」

 僕と春樹が震えながら三人の後についていく。

「それで……



「いえいえ、話すことな、なんかないでしゅよ」

 めちゃくちゃ噛んだ。すごく噛んだ。

「三人とも仲良くやっていたようだし……。僕からもう言うことはないよ」

 しかし、内心の同様は顔に出さず言い切る。

 噛んだ事実なんてさもなかったかのように振る舞う。

 事実、僕が感じていた、三人が互いにぶつけ合う感情が少しだけ柔らかくなったように感じられた。少しだけ。

 もう一度言う。

 少しだけ。

 大事なことだから四度言う。

 少しだけ。

「そう。ならよかったわ。それでね?」

 ビクッ。

 僕は身体を震わせる。

 これは武者震いだ。

 決して怖いわけではない。

「私達三人は話し合ったよ。色々とね」

「な、なるほど……そ、それで?」

「それでね。私達が出した結論はね。みんなでシェアハウスってことよ。光栄に思って?私達3人とシェアハウス出来るのだから」

 え……?

 お断りしたい。

「なるほどね」

 だが、断るという選択肢なんて僕には用意させていないだろう。

 ならば……被害者をできるだけ増やすのみよ。

「面白そうじゃん。ねぇ。春来?」

「え?」

 完全に自分は部外者だと思っていた春来が当然僕に話を振られて固まる。

「美奈とかも誘って。みんなでシェアハウス。楽しそうじゃん」

「えぇ。そうね」

 僕の言葉に美玲も賛成してくれる。

「え……?」

 春来が僕と美玲を交互に見て、呆然と漏らした。

 声を。

 おしっこではない。

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