第3話ある訪問販売員
今日はバイトが休みだった。家で静かにテレビを見ていると、チャイムが鳴った。玄関を開けるとスーツ姿の男が笑顔で立っていた。右手には大きめのスーツケースを持っている。訪問販売だろう。私は「間に合ってます」と言い、扉を閉めようとした。すると男は自分の顔を扉の隙間に押し込んできた。扉の隙間に顔が挟まった状態で男は「お話だけ」「お話だけ」と話す。このまま扉を閉める事はできないので、私は扉をあけた。男は「ありがとうございます」と言い、玄関前に座り、スーツケースを開けた。スーツケースの中を見ると、大小様々な包丁が10本入っていた。男はその内1本の包丁を手に取り「うちの商品は1本1本手作りなんですよ」「よく切れると評判なんですよ」と話し出した。私は料理をしないので包丁は使わないと話すと、男は「料理以外でも使う事がありますよ」と言い、右手の袖をまくり上げ左手に持っていた包丁で右手を切った。右手は床に落ち、右腕から血が吹き出し、あっという間に玄関は血の海となった。男は「ね。よく切れるでしょ。1本いかがですか?」と笑顔で話す。私は洗面所にかけてあった手拭きタオルを手に取り、男の右腕を強く縛った。これでおそらく出血は止まるだろう。偶然だが、さっき観ていたテレビ番組で止血の仕方をやっていてよかったと思った。切れた右手は再生は不可能かもしれないが、氷のいれた袋の中に入れて病院に持って行けば少しの可能性はあるかもしれないと思い、すぐビニール袋の中に右手を入れて氷で冷やした。それと同時に119番通報し、現在の状況を伝えた。私は男に「後5分程で救急車が到着するので、もうしばらくお待ち下さい。包丁はやはり使わないので購入はできませんが、救急車がくるまでお話をしませんか?」と伝えた。これもテレビ番組でやっていた対応方法だ。多量の出血による意識の混濁、出血した事への恐怖感等で意識を失う事があるため、相手を落ち着かせるよう声かけや話を行うとのこと。私が「お好きな食べ物は」と話しかけると、男は先程の笑顔は消え、寂しそうな顔でスーツケースを左手に持ち、去って行った。私は「右手忘れてます」と持っていたビニール袋から右手を取り出そうとするが袋の中には溶けかけた氷が入っていただけであった。そして不思議なことに血の海だった玄関には血が一滴も落ちておらず綺麗になっていた。
5分後私は駆けつけた救急隊員にこっぴどく叱られた。
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