初めての会話

ヤクモ

初めての会話

「未来の話をしよう」

 とても小さい声だったけれど、私の耳にはっきりと届いた。

「未来?」

「そう。私たちはこれからどうするのか」

「生きていくの?」

 この世界で。

 言わなくても私の思いは伝わったようで、古谷は遠くを眺めたまま皮肉気に笑った。

「どうにかなるよ。現に、接点が無かった私たちがこうして話しているんだから」

 クラスの中心でいつも笑っている私と、教室の自分の席で本を読んでいる古谷に接点はまったく無い。選択科目は一つも被っていないし、席替えで声をかけるような距離になったことも無かった。

「まさか真奈美が残るとはね」

 古谷と話をしたことは無いし、そもそも名前が未だに思い出せずにいる。それなのに、古谷はまるで親友のように私を親し気に呼ぶ。

「真奈美はどうしたい?」

「どうって」

 わからない。スマホは使えないし、家にも帰れない。友達は一人も残っていない。頼れる大人も見つからない。

「わかんない」

「そっか」

 プシュッ。

「えっ」

 どこから取り出したのか、古谷は缶ビールを飲んだ。まるで炭酸飲料でも飲んでいるような爽やかな表情で、私たちが未成年であることを一瞬忘れてしまう。

「それ」

「飲む?」

 いつの間に手に入れていたのだろう。古谷の足元には缶ビールがたくさんあった。

「これチューハイだから甘いよ」

「チューハイ?」

「知らないの?」

 古谷は目を大きく見開いた。いつもは遠くを眺めてばかりの目が私をじろじろと見る。

「意外だ」

「そう?」

 校則無視の茶髪に、メイクですっぴんを隠した姿は素行不良の見本みたいだし。そりゃあ意外に思われても仕方ない。

「ファッションと素行は別物でしょ」

「……たしかにね」

 ふふ。漫画みたいにそう笑うと、古谷は上を向いていっきにビールを飲みほした。

「行くか」

 夕日のせいだろうか。血色が悪い古谷の顔が、すこし赤らんで見える。

「どこに行くの?」

 伸ばされた手を取りながら、私は尋ねる。

 どうせ誰もいない。何も無い。

 だから、私と古谷が手を繋いで笑っていても、それを変だと思われることはない。そんな世界が、すこし楽しく感じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初めての会話 ヤクモ @yakumo0512

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る